FN109号
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ないから、もしあのころ機械が使える時代だったらまた今とは変わっていたかもしれない」と善博さんは過去を振り返る。「でもやっぱりタイミングだね」。その横顔は自らの選択を後悔していないように見えた。割れないガラス「好きな素材を好きなように表現して、それをまわりの人が共感してくれたときはやっぱり嬉しいですね」と千昭さんはおっしゃる。その横で、「飽きたらたぶん、やめちゃうと思うんだけどね。ふつうは固いガラスが、高い温度で熱せられてかたちを変えるそのギャップがおもしろくて、僕はこの仕事を続けています」と語る善博さんは、少年のように無邪気な表情を見せた。そんな善博さんがとくに力を入れた作品だという「泡の一輪挿し」と名付けられた花瓶を見せていただく。ガラスの中の泡は重曹を使って作成し、金平糖くらいの小さなガラスを溶かして色味を調整していく。水色を含んだ球体のガラスは置く場所によって光の差し込み具合がちがう。そのため、太陽の光でガラスの中の気泡がキラキラと輝き、生きもののように見える。花は自然から切り離されているはずなのに、花瓶に入れることで花たちに生命力が戻ったようで不思議に感じた。ガラスが、やわらかいスライムやひんやりとした液体のように見えたのは初めてだった。「発想というより経験をとおして作品を作ります」。ガラスは溶かして固めるほかにも、機械を使って削ったり磨いたりすることができる。そのため、応用をきかせアクセサリーや干支を表した小さな置物など、さまざまな作品に挑戦しているという。なかでも千昭さんの作る蛙や牛といった可愛らしく象かたどられた作品は、ガラスの世界と私を少し近づけてくれた。千昭さんは動物の他にも富士山を象徴した作品を手がけることもあり、河口湖駅や富士山駅、富士山の5合目などに作品をおかせてもらって販売しているという。手作りの窯で 私はこの日、千昭さんの手をお貸りして風鈴を制作した。1140度の熱をもつ窯の前に立つと、一気に顔の表面が熱くなり思わず固く目をつむってしまう。専門家のかたと話し合いを重ね千昭さんが設計したという窯は、ファイバーキャストと呼ばれる耐熱材から作られている。降り積もったばかりの雪のように真っ白な耐熱材が、優しいオレンジ色の火に照らされる。そのようすに、窯の中が高熱だということを忘れ、思わず見とれてしまう。しばらく窯の前で作業をしていると、体温も徐々に上がっていくのを感じた。専用の棒の先端に付けられたガラスの塊は窯のなかに入れると、徐々に溶け始めかたちを変えていく。下に垂れ流された液体状のガラスを、千昭さんは器用に棒を動かしながら整えていく。ガラスは普通、衝撃を加えると割れてしまうものだ。しかし目の前にある釜のなかで水あめのように変形する液体は、私の想像するガラスの性質とはほど遠いようすだった。 * * * 出来上がった風鈴を家に持ち帰り眺める。工房に置いてあった見本よりも少し大きくてふっくらしている気がした。「ちょっと欲張っちゃったかな。見事に自分の性格がでたな」。そう思いながら秋の風に揺れる風鈴の音色を聞いた。風間悠花(地域社会学科4年)=文・写真
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