114号HP用
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18no.101 Jul. 2019 観察場所の近くで見つけたシカの足跡。地面をよく見てみると、いろいろな動物の生活の跡を見ることができる(2023年5月16日)浅井祐音(学校教育学科2年)=文・写真はじめてづくしの夜 5月16日にふたたび湯の沢を訪れた。19時、空は暗い青に染まっている。前回よりさらに奥の養魚場跡の川沿いに腰をおろした。昼間は汗ばむほどの陽気だったので夜もそこまで寒くならないだろうと思っていたが、観察をはじめて早々にダウンジャケットを羽織る。日が沈み、あたりは闇に包まれたが、この前ほどの孤独は感じない。聞こえてくる川の音に私なりのオノマトペを考える余裕さえある。川の上流からは、ドポドポという勢いのよい音、目の前ではタプルタプルという三拍子、下流からは細い氷が折れるようなパリパリという音が聞こえる。 しばらく夜の森を味わっていると、「カワネズミ!」と北垣先生が声をあげた。白い光が水面を照らす。しかし、私の目には今までと変わらない川の流れしか映らない。上流から流れてきたカワネズミは、流れの強いところを通っていったという。見られなかったことをもどかしく思った。 観察の時間は残り30分ほどしかない。もう一度現れるかどうか焦りがうまれる。今までより前のめりになって川を見つめる。時計を見るとあと5分。これはもう現れないと諦めかけた、その瞬間だった。目の前を、銀色の丸い何かが走り抜けていった。夢中になって上流のほうに光を向ける。ライトに反射したその背中が川の上を跳ねた。カワネズミだ。拳ほどの大きさで、たしかに名前の通りネズミに似ている。下流から現れたカワネズミは手を伸ばせば届きそうなほど近くを横切ると、あっという間に闇へと消えていった。まるで夢幻のようだった。 観察を終え、駐車場に戻る途中に空を見上げると、雲ひとつない空に星が輝いていた。想像していた以上の輝きに、わあと声が漏れる。さっきまで観察をしていたほうから、キューンというシカの高い声が聞こえた。カワネズミや満天の星空、シカの声のどれも今まで経験したことのない、はじめてづくしの夜だった。* * * 二度にわたる観察で、念願だったカワネズミを見ることができた。それはもちろん貴重な経験だ。しかし何よりも、夜の森そのものが、私の心を強く揺さぶった。はじめは何も見えない夜の森に不安や緊張ばかり抱いていた。しかし水の奏でるさまざまな音や、森の匂いに意識を傾けると、だんだんそのすがたがわかるようになった。私が怖いと感じたのは、夜の森を警戒していたからだろう。ふたたび森を訪れたときに孤独を感じなかったのは、森に親しみが芽生えたからだ。自分が心を開いたとき、はじめて相手にも受け入れられるのだと、夜の森の観察は教えてくれた。

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