114号HP用
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38no.114 Jul. 2023 耳を澄ませる十日市場の住宅街に沿って走る用水路。水がわずかな段差を滑り落ちることで軽やかな音を奏でるようだ(2023年7月17日)十日市場にある湧水池。波紋の近くから水が湧いている。人ひとけ気がないため、じっくりと音を味わえた(2023年6月11日)高橋美唯(地域社会学科1年)=文・写真都留に来て、驚いたことがある。それは、どこを歩いても水の音が聞こえることだ。山と田んぼに囲まれた私の地元には、川や用水路がたくさんある。とはいえ水はあまり流れていないので、川底が見えなくなるほど土が積もり、植物が生い茂っていた。だから私は、聞きなれない水の音に心惹かれた。田原の滝の先にある十とおかいちば日市場方面へはじめて足をのばす。知らない土地を一人で歩くのは少し心細い。こぶしを握りしめながら静かな住宅街に踏み入ると、道路と家のあいだに細い用水路が張りめぐらされていた。用水路のそばに近づいて耳の神経を集中させると、ぴちゃぴちゃと軽快な音に気が付く。まるで水が踊っているようだ。珍しいものに出会ったかのように、私の気分は踊りだす。心のなかでスキップをしながら住宅街を抜ける。緑が増えてきたな、と思う間もなく行き止まりにぶつかった。だが、よく見れば錆びた門があり、まだ奥があるようだ。ドキドキしながら門をくぐると、大きくないのに、やけにはっきりと聞こえる水の音が飛び込んできた。自然に体内へ入りこむ優しい音をもっと味わいたくてゆっくり深呼吸すると、身体から力が抜けていく。すぐそばに高速道路が通っているはずだが、グオォと重く響くトラックの音は遠く聞こえた。身体に満ちた穏やかな池の音が喧騒を忘れさせてくれた。別の日に高尾通りを歩いてみる。閉店時間を過ぎたのだろうか、商店街のシャッターがほとんど下りている。車が通りすぎると、シャッターはガシャンガシャンと無機質な音をたてた。幼い頃からつねに感じていた生きものの気配がなくて寂しさがひろがる。気配に気付いていないだけかもしれないと自分を励まし、歩みをとめて耳を立てると、ひかえめな水の音が聞こえてきた。少量の水が絶え間なく流れる音から、エネルギーが伝わってくる。なんだか「ひとりじゃないよ」と語りかけてくれているように感じた。馴染みのない水の音を追うように都留を歩く。歩みを進めるたびに音が変わっていくのがおもしろい。耳を澄ませ音に寄り添ってみると、水の音は私に元気やゆとりを与えてくれた。新生活への不安もいつしか晴れている。水の音は人と呼応する力を持つということを、音を巡るちいさな旅が教えてくれた。
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