FN115号
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12no.115 Dec. 2023 もうひとつの物語夏狩薬師の物語についてお話してくださったのは、長慶寺住職の武むとう藤泰たいどう道さん(56)だ。ここで、「夏狩薬師」の物語より前のお話と出会った。江戸時代、西にしかつら桂に薬師堂を建てていた家が絶え、土地にはお堂と薬師如来像が残ってしまった。やがて、お堂ごと富士の雪解け水に押し流され、夏狩にある長慶寺の泉にたどり着く。その像を住職がすくい上げ、あらたに薬師堂を建て直した。それから毎年、縁日には祭りをおこなうようになったそうだ。そして、あらすじを紹介した谷村の娘のお話につながる。武藤さんが本堂を案内してくださった。本堂に入り、線香の香りが鼻をかすめる。いつも線香を焚いている祖母の家を思い出し、ふと懐かしい気持ちになった。仏壇に目を向け薬師洗眼の水。眼めがねいけ鏡池という通称がついている(2023年11月23日)居の後ろには「令和3年初午奉納」という木札を見つけた。よく見れば、階段に落ち葉は溜まっておらず、手入れがされている。これまで途切れることなく大切にされてきた神社なのだと分かった。何百年と時をへだて、遠い存在のように感じていた昔話との距離が近づいた気がした。昔話と現実のはざま社の近くの小さなベンチに腰を下ろす。石でつくられたベンチはひんやりとしていて、余分な力が抜けていくような気がする。狐が今でもこの場所に来ていたらいいのに、と昔話に思いをはせていると、あまりのかゆさに現実に引き戻される。いつの間にか腕に蚊が2匹も止まっていた。これ以上刺されてたまるものかと、腕をぶんぶんと振りながら階段を駆け降りる。帰り道、行きと同じ狭い散策路に入る前に、神社を振り返る。朱色の鳥居が木漏れ日に照らされて放つ儚さに、思わず息を飲んだ。足元からは「コンコン」と水が流れる柔らかな響きが聞こえてくる。きっとこの音は、狐が幸せを知らせてくれている証拠だろう。ある日、盲目の娘のもとを祈祷師が訪ねてきて「私が眼病治癒の祈祷をしよう」と言いました。母親が祈祷料を渡したあと、祈祷師はすがたを現さなくなりました。それでも母親は毎日、薬師如来像を参拝し、娘の目は1週間後には完治しました。1年後、母親が祈祷師と再会し話を聞くと、娘の眼病を治すと嘘をついたうえに、親娘からお金をだまし取ったので、目が見えなくなってしまったと言います。母親は「娘の目が治ったので、あなたを憎んでいません。仏様はあなたをお許しになるはずだ」と言いました。その言葉を聞いた祈祷師が涙を流すと、祈祷師の目に光が戻り眼病も治りました。夏なつがり狩薬やくし師

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