FN115号
33/56

3333練習を積み重ねてきた手川辺さんは都留で生まれ育ったそう。13歳のころから見習いとして、近くにあった自転車屋に通い続けていた。中学生だった川辺さんは、学校と自転車屋を往復する毎日だったそう。見習いのあいだは自転車の組み立てや修理をしていた。お店に自転車を発注したときに、すでに組み立てられた状態になっている今とは違い、当時はすべての部品を一から組み立てる必要があった。「今の人は組み立てかたを知らないし、できないよね」。部品を一から組み立てる技術は、当時からの職人しか持っていない強みなのかもしれない。もっとも組み立てが難しい部品についてうかがう。川辺さんは後ろを振り返りながら銀色の筒に入ったスポークと呼ばれる部品を指さした。スポークは車輪に使われる細長い棒状のパーツだ。何本にもわたるスポークを組み立てるのに、一輪だけで1時間30分から2時間はかかるという。スポークの数の多さと、費やす時間の長さに頭がクラクラする。今では慣れた手つきの川辺さんも、何度も練習を重ねて自分の力だけで組み立てられるようになったそう。「最高に難しい」と眉をへの字にして言う川辺さんから、組み立ての難しさが伝わってくる。どんなに難しいことも練習を積み重ねていけば、できるようになるかもしれない。耳で探る先日の取材の終わりに、川辺さんが私の自転車のチェーンが緩んでいるとおっしゃった。そのため、自転車のチェーンを見てもらうために、ふたたび川辺さんのもとへ訪れる。川辺さんに挨拶をすると、優しい笑顔で迎えてくださり、私も朗らかな気持ちになった。川辺さんに自転車をお渡しする。すると、川辺さんは自転車を軽く持ち上げ、地面に置く動作を数回繰り返す。何をしているのか不思議に思っていると、チェーンケースについているネジをドライバーで緩めはじめた。ケースで隠れていたチェーンが顔を出す。チェーンはここにあったのかと驚くとともに、私も自転車のことを少しずつ知ることができているような気がして嬉しくなった。川辺さんが後輪のタイヤを回してチェーンの動きを確かめている。サイクルセンター川辺で自転車を購入したかたがたの集合写真(2023年10月11日)5分も経たないうちに川辺さんはチェーンケースを元に戻す。最終確認のため、足でペダルを踏んでタイヤを回したり、はじめに行った自転車を上下に動かす動きをしたりしている。なぜ、このような動きをしているのだろう。「チェーンが緩んでいると、(チェーンが)上下に動いて音が鳴るんだよ」。緩みを確かめるために聴覚を研ぎ澄ませて、聴こえてきた音を頼りにするのかとはっとする。修理と聞くと、じっさいに目で見て原因を探ることが主なやりかただと思っていた。耳も大事な道具のひとつになると気づかされた。

元のページ  ../index.html#33

このブックを見る