116号マスターHP用
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「小学校毛筆図画帖」は、明治時代の臨画教育(模写によって学習すること)に使用された。自然や生きものの絵が多く描かれていたno.116 Mar. 202422no.3 暦慶應、弘化、嘉永など200年近く前の暦。355日と書かれていることから旧暦だとわかる明治34年の小学校の教科書no.4 思い出の宝箱二階のようすを下からうかがうと、日が差し込んでいた一階とは打って変わって、懐中電灯の明かりが無ければ足元がおぼつかないほど薄暗い。ゆっくりと階段を上がってまず目に入ったのは、「横山呉服店」と大きく書かれた、横70センチ、高さ30センチほどの木箱だった。これが、当時店で使われていた衣装入れなのだろうか。どんな服が入っているのかと気になる。しかし、なかに入っていたのは服ではなく、大量の冊子だった。「これは、私のおばあさんが使ってた教科書だよ」と辰雄さんはあせた紅色の冊子を手に取った。裏表紙には「谷村小学校横山きよ」と書かれている。表紙には明治34年とあった。120年以上前だ。冊子を開くと、漢字と片仮名で書かれた文章が並んでいた。この文体の教科書は、日本史の授業で見たことがある。博物館に保管されていてもおかしくないくらい貴重な物ではないのだろうか。聞いてみると、やはりミュージアム都留にいくつか資料として提供しているという。私の実家の屋根裏にも小学校の卒業アルバムは残っているはずだが、教科書はこの先見直すことはないと捨ててしまった。きよさんも当時は、使っていた教科書が特別な資料になるとは思っていなかっただろう。辰雄さんが「学芸員の人はこういうのに価値があるって言うんだよね」とふすまに書かれた文字を指さした。文章のようだが、旧字体で書かれているうえに筆字なので読めなかった。なんと書かれているのか聞こうとすると、「俺読めないし価値もわかんないからさあ」と笑って首をかしげていた。私もつられて笑ってしまう。今私たちが書いている文字も、いつかは「読めない」と言われる日が来るのだろうか。文字も歴史を生きていることをしみじみと感じた。下:当時、呉服店で使われていたと思われ     る木箱(2024年1月23日)上:辰雄さんのおばあさんが小学生のときに     使っていた教科書(2024年1月23日)

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