118号hp用 圧縮
26/52
26no.118 Dec. 2024馬の銅像十日市場についてお話を聞くなかで、水庭さんはさらに興味深いお話を聞かせてくれた。戦前、永寿院の池のなかには、等身大の馬の銅像が建っていたという。「昔は、都留文科大学のある場所に競馬場があってね。レース前になると競走馬が行進してお祈りに来ていたそうよ。だけど、戦争による金属回収令で銅像は供出されてしまったみたい」。話を聞き、もう一度池に行ってみると、銅像の痕跡はあとかたもない。土台の名残がわずかにあるだけだ。写真屋さんにカラー化してもらったらしい、当時の写真を見せてもらう。大きな銅像が日の光に反射して輝いている。現在まで残っていたのなら、どれほど美しかったのだろう。馬の銅像が、いつ、誰によって何のために作られたのかを知る人はもういないという。ただ、十日市場では、かつて馬が多く飼われていたそうだ。「私が幼いころも、馬が生活のそばにいたの。馬で木を運んだりしてね。昔は、この辺の家では馬を使って生計を立てていたのだろうね」。生活のなかで大きな存在であった馬を尊ぶために、立派な銅像を建てたのだろうか。戦前の十日市場での生活はどのようなものだったのだろう。池のなかの銅像を見上げながら、人びとは馬の健康を願っていたのかもしれない。伝承と一枚の写真にしか残っていない存在を知り、不思議な気持ちになる。* * *ちょっとした興味から十日市場を歩いて観察してみると、十日市場に残り続ける魅力を見つけることができた。見つけた魅力は、目に見えるものだけではない。その場で暮らす人からお話を聞くと、﹃ひいち﹄という目には映らないけれど生活に根付く風習を知った。また、形では残っていないけれど記憶として語られる馬の銅像の存在に気づいた。11月はじめ、ふたたび十日市場へ向かう。急な坂を上って、用水路の水の音に耳を澄ませる。新たな視点で歩く十日市場は、ひと味違う。興味を持ったものを知るために足を運ぶと、より心を惹きつける発見に出会える。これからも、小さな関心に素直でいよう。そう思いながら十日市場駅をあとにした。左:戦前、永寿院の池に建っていた馬の銅像。白黒写真をカラー化したもの(写真提供=水庭初枝さん)右:現在の永寿院の池。そばに建つ本堂は、昭和59年に新しく建て替えられた(2024年9月5日)【参考書籍】『都留市地名事典』 都留市郷土研究会 2012年『十日市場小誌』 中野八吾 1985年根本菜桜(比較文化学科2年)=文・写真
元のページ
../index.html#26