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3534・35ページの写真はすべて2024年10月20日に撮影しましたるそうだ。金属がすり減ってしまうほど、長年使い続けていることがわかる。手作りの道具と、職人が作った道具を見つめる。使い込まれてすり減った形には、お店が歩んできた年月が現れているようだ。愛される味お店に来るお客さんは地元のかたが多い。小さいお子さんからお年寄りまで、お得意さんがいるそうだ。地域のかたに親しまれているお菓子なのだろう。いっぽう、大学生もお店にやってくる。実家や教育実習先へのおみやげとして、おせんべいを買っていくようだ。入試の日や引っ越しの時期には学生の親も訪れる。全国から来る本学の学生にとって、山梨や都留にまつわる絵柄のおせんべいは、おみやげにぴったりだ。県外からもお客さんはやってくる。なかでも茂子さんが印象に残っているのは、3、40年ほど前に熱あたみ海から来たお客さんだ。「死ぬ前にもう一度食べたい」と買いに来てくれたそうだ。自分たちが作ったものがそうして誰かの思い出に残っていたら、きっとうれしいだろう。つい最近も、御ごてんば殿場に住むかたにおせんべいを送ったそうだ。おばあちゃんに食べさせたいと、泉屋のおせんべいを探していたという。次々にお客さんのエピソードを語ってくださるお二人のようすから、昔からのお客さんと新規のお客さんのどちらも大切にしていることが伝わってくる。日常のお茶菓子として、都留を代表するお菓子のひとつとして、泉屋のおせんべいは親しまれている。「昔食べたあの味が食べたい」と思い出してくれる人がいるから、作りかたも味も変えたくないと、綾子さんはきっぱりと言った。変えないために新しいものごとに挑戦するという仕事のしかたもあるけれど、変わらない泉屋の味を守りたいと綾子さんは言う。挑戦は成長につながるという言葉は耳にするので、なんだか新鮮な考えかたに思える。ふだんの料理でも、材料の分量や火にかける時間がほんの少し違うだけで、味や食感が変わってしまうことがある。おじいさんから受け継いできた味を、綾子さんはどのようにして守ってきたのだろうか。おせんべい作りは楽な仕事ではない。室温が40度近くにも達するなかで、4時間から5時間ものあいだ、おせんべいを焼き続ける。仕込みでは大量の小麦粉や砂糖を扱うので、力仕事でもあるという。特に、火加減と水加減を調整するのが難しい。その日の気温や湿度で、おせんべいの出来ばえが変わるためだ。「うまく言えないけど、目盛りだけじゃない、職人のカンというか、ピッてくるというか。感覚が難しい」。単に湿度計や温度計の目盛りに従うだけではなく、細か①木製の桶。半分ほどの深さまで種を入れるという②細長い木製の柄に、金色のお皿が付いているおさじ。お皿は、ティースプーンくらいの大きさと深さだ③「厚焼甲州せんべい」の型。職人さんが作ったものだ。持たせていただくと、ずっしりと重かった①②③

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