フィールド・ノート No67
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27はないだよ」と語ります。馬のえさになるススキは毎日、尾崎山、天狗山、大桑山に取りに行き、馬の背につけて運んだとのことでした。夏には子どもたちが馬に乗って川へ行き、みんなそこで馬を洗ったそうです。馬のしっぽにつかまって坂をのぼったこともあるといいます。蹴られたこともあるとか。怖いし、痛そうです。また、渡邊さんは馬を働かせた後に自分が馬に乗って家に帰ったら怒られた、ということが2回ほどあったといいます。「一日馬を使ってなんで乗ってくるだ、引いてこう」と。馬をいたわるこの言葉がとても微笑ましく感じ、人と馬の共存している情景がぼんやりと頭のなかに浮かんだような気がしました。馬がいるから人は生活ができ、人がいるから馬は生きることができる、そういう感覚なのでしょう。 「うちの馬はずうずうしくてよぉ」渡邊さんの飼っていた馬は子どもが乗るということをきかなかったそうです。人を見て馬鹿にすることがあるので、仕事をするときは馬鹿にされない人を選んでおこなったといいます。 馬は人の気持ちを察知しやすい動物だと聞いたことがあります。そういえば馬術の競技の時、乗る人が緊張して固くなっているとそれが馬にも伝わると顧問の先生に言われたことがあります。馬は大きいので近寄りがたいイメージがあるかもしれませんが、繊細な生きものなのです。 「だんだん耕運機がトラクターになって馬や牛がいらなくなった」 時代の流れとともに人々は馬を飼うことを辞めていきました。大変な思いをして馬を飼う必要がなくなったのです。そして、馬と人との距離は遠くなっていきました。渡邊さんの家も飼っていた馬を売ったそうです。今まで一緒に生活してきた馬を手放すのは悲しくなかったですか、と聞くと笑いながら悲しくなんてなかった、世話をするのが大変だったからとおっしゃっていました。   スーパーがあって、大学がある。道には車が通って学生が歩いている。それが今の都留で、私の目に映るものがすべてなのだと錯覚していました。けれど、馬が道を歩いている、人を乗せて走っている。そんな当たり前の日常が確かにあったのです。 今回渡邊さんが語ってくれた馬と人のお話と、私が築いた馬との関係はどちらも馬と人の関わりなのに、何かが違うと感じたのはどうしてでしょう。それはきっと、馬との密着度の違いなのかもしれません。馬の世話をするというよりも、馬とともに暮らす日常。一緒に働いて一緒に休む。馬は家族のような存在で一緒にいるのが当たり前だったのだと思います。そしてそのような生活のなかで人々が身につけてきた知恵や自然との関わりの一部を知ることができました。馬とともに畑を耕すこと。ススキを山に採りに行くことや、馬糞を肥料として使うこと。渡邊さんの自然とのつき合い方にはこうした馬との暮らしのなかから身につけたことがたくさんある、と強く感じました。写真のように馬に乗ることを「はなどり」という。田をおこしているところ馬を休ませているところ。昔はわらの上に座布団を敷いて乗ったそう藤森美紀(社会学科2年)=文本学フィールド・ミュージアム部門=写真提供

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