フィールド・ノート No67
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FIELD.NOTE28富士急行線 谷村町駅から4分ほど歩いたところに、一軒の銭湯がある。百年近い歴史をもつ老舗、泰たいあんおんせん安温泉だ。ここでは銭湯を経営するかたわら、2階に学生向けの下宿アパートも営んでいる。少し変わったお風呂屋さんだな、という印象をもっていた私は、ぜひお話を聞きたいと思い泰安温泉を訪ねることにした。 あったかい場所 ♨│泰安温泉│泰安温泉の外観 2010年10月29日撮影開店直前の浴場暖かい湯気につつまれていた朝夕肌寒くなり始めた10月末、都留市谷村に店を構える泰安温泉を訪ねた。店内には多くのお客さんが来店し、とてもにぎやかな雰囲気がただよっていた。 お話をうかがったのは古ふるや屋雄たけこ子さん(68)。忙しい月末にもかかわらず快くお話ししてくださった。古屋さんは都留市出身で、この銭湯に嫁いで46年になる。長年ご家族と一緒にお店を切り盛りしてきた。そのあいだに銭湯を取りまく状況はだいぶ変わってきているようだ。 古屋さんがお嫁に来たころ、都留市内には泰安温泉(当時は泰たいあんゆ安湯)を含め4軒の銭湯が営業していた。お風呂がまだ一般家庭に普及しておらず、近所の人たちは街の銭湯を利用することが多かった。通ってくる学生も大勢いて、毎日とても忙しかったそうだ。現在ではほとんどの家庭にお風呂が普及し、昔ながらの銭湯は泰安温泉だけになってしまった。     ◇銭湯を経営していて一番大変なことは何ですか? という質問に「とにかく休みがないことね」と答える古屋さん。銭湯は休みが少ない仕事なのだという。定休日は毎月第一・三月曜日の二日だけだ。 「具合が悪くても休んでられないから、病院に行きながらでもお店を開けなきゃ。臨時休業なんてボイラーの調子が悪いときでもなければありませんよ」。毎日の忙しさを語るなかに、どこか力強さを感じるお話だった。泰安温泉には毎日いろいろなお客さんが入浴にやって来る。農作業や雪かきの後に体を温めに来るお年寄り、仕事帰りに汗を流していく勤め人。部活帰りの学生は、大きなお風呂のほうが疲れも取れるからといって通ってくるそうだ。また、上野原市や大月市など都留市外からのお客さんも多い。古屋さんの「休んでいられない」というお話の裏には、こうして毎日のように通ってきてくれる「常連さん」の存在があるのだろう。 「どのお風呂に行くより、ここが落ち着く。そう言ってもらえる時が一番嬉しいですね」。 一回限りではなく頻繁に訪れるお客さんが多いからこそ、古屋さんは「できることは何でもする」という気配りを大切にしてきた。それは顔なじみだからといって欠かすことのな

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