フィールド・ノート No67
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35近づいてきます。怖さはまったく感じません。じっとしていると、私のそばを何事もなかったかのように通り過ぎていきます。湧水地を調べてみると、たしかに今ここにいたイノシシが石を掘り返した痕があります。あたりには偶ぐうていもく蹄目の二本の爪痕がいたるところに残っていました。中屋敷には2000年から通いはじめ、これまでもイノシシの糞やクズの根を掘ったと思われる痕、刈り取り前の稲を食べた痕などを見てきました。姿を見かけたこともあります。しかしそれも一瞬にすぎません。今回のように間近で遭遇したのはこれが初めてです。中屋敷で長年、畑作をしてこられた清しみず水貞ていいち一さん(87)は、1990年ころまでイノシシの姿はもとより、足跡や地面を掘った痕などまったく見なかったといいます。渡邊宗男さんも2000年ころからここにイノシシが現れ始め、今ではクズの根だけでなく石の下のサワガニを食べることもあるといいます。最近では、ニホンジカも中屋敷で確認されるようになりました。2000年ころまでにはなかったことです。中屋敷で私たちは稲作や麦作もしていますが、それはただ農作業を体験しようというだけではなく、イノシシやニホンジカといった大型獣とどのように共生していけばよいかという問題も畑作を通して現場で考えてみたかったからです。これはいま全国の里地・里山の現代的な課題の一つといえるでしょう。イノシシとの遭遇後、私は観察小屋の水の出口に小さな透明のコップを置き、そこに湧水池からの水を注ぐことにしました。こうしておくと、水が濁ったときにはコップの底に泥が溜まります。注意してコップを観察してみると、11月12日以降、これまで3度、コップの底に泥がたまりました。すべてがイノシシによるものなのかはわかりません。しかしイノシシの暮らしの一端はこのパイプから出る泥を手がかりに知ることができるかもしれません。こうしたイノシシとの遭遇があってから、以前、本学附属図書館のビオトープの池に尾崎山からパイプを通して水を引く計画があったことを思い出しました。附属図書館からその水源まで直線距離で約1㎞。森のなかの湧水と大学の池とをつなぐそのパイプから出る水は、キャンパスから離れた森の自然の息吹や動向をも確かに知らせてくれるはず。それは私たちの感覚を鍛え、やがて自然との出会いをたのしみに私たちを森へといざなうことでしょう。今回のイノシシとの出会いは、私たちが夢みた計画の実現をしっかりと後押ししてくれる経験となりました。パイプを伝ってこんこんと流れ出る水私のそばを通り過ぎるイノシシ

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