フィールド・ノート68号
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19西丸尭宏(社会学科4年)=文・写真ことで、手を伸ばせば触れることができるような距離にリスがいる。とっさにリスは脇にあったウリカエデに跳び登った。まだ若く細いウリカエデはリスの重みでも、ぐんとたわむ。リスはそれを待っていたかのように、またアカマツに跳び移り、一気に樹上まで駆け上がった。枝伝いに森の奥へと移動していく。50mほど先でまた下に降りてきて、今度は地面を駆けて、スギ・ヒノキの林のなかに消えていった。都留文科大学大桑楽山公園都留自然遊歩道馬頭観音R139分岐僕はこのとき、無意識にリスの手足をみていた。5本に分かれた指に黒く鋭い爪(※)。その手足で、樹皮の割れ目や裂け目を掴んでいるようにみえた。ツキノワグマやテン、イタチなども木を登るけれど、リスは彼らにくらべて長い指をしている印象を受けた。誤解を恐れず言えば、鳥類に近いような指の長さをもっている。リスと似た生活を送る、ムササビの手足はどうなっているのだろうか。そんな疑問が新たに生まれる。僕の森歩きは、彼らを目の前にして、あふれる不思議と向き合う「たのしみ」に満ちている。歩くことで出会い、観ることで知り、聴くことでたのしむ。リスとの出会いは、この一年の森歩きのたのしみを代弁してくれている。今となっては、リスに挨拶にいくような気持ちで森へかよっている。くりかえし足を運ぶうちに、ふとした瞬間にも「森」の情景を思い浮かべるようになった。そこには、森を歩き始めるときの「どこに、どんな生きものがいるのか」という疑問への答えが、少しばかり含まれている。春の山でひっそり花をつけるイカリソウ。夏のクモの巣をかいくぐった先にあるオトシブミの揺ようらん籃。秋にクルミの実を運ぶリスの姿。冬、落ち葉の上を跳ね歩くツグミ。自分のなかに、一年分の「森の生きもの地図」ができている。歩きながら、出会いの地図をつくってきたのである。一年前は、森の情景を思い浮かべることさえできなかった。どんな草木が生え、どんな動物が暮らしているのかを知らないから、思い浮かべようにも、ただの想像にしかならなかったのだ。けれど今は違う。出会いの数だけ、彼らの姿をたしかに思い浮かべることができる。僕はようやく、この場所をフィールドと呼ぶだけの経験が積めてきたのだろう。何度も足を運んでこそみえるもの、変化がある。捉えられる世界が、確実に広がっていく。森歩きをとおして、僕は足繁くかよう「フィールド」の意味を学ぶことができた気がした。※のちに確認すると、リスの指は前足が4本、後ろ足が5本。正確には前足も5本だが、第一指(親指にあたる)がほとんどないため4本としたこの東西の端がアカマツ林となっていて、あいだにスギ・ヒノキの針葉樹林、コナラなどの広葉樹林がある。この一帯のアカマツ林で、リスに出会うことが多い。

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