フィールド・ノート68号
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聞こえてくることも。その音の主を偶然、目にすることもありますが、正体がつかめないままであることがほとんどです。姿かたちが見えなくても、今はその時そのときの出会いを楽しみに足を運んでいます。予想ができないからスリルがあり、出会いを純粋に楽しめるのだと思いました。 そもそもは屋根裏のムササビがきっかけです。どこか遠くへ足を運ばなくても、ごく身近なところに僕を強く惹き寄せる世界がひろがっていることを学びました。斜面に生えるヤブツバキの樹上からです。3メートルほどの高さがあります。赤い光を向けると「パロロロロ」と今までに聞いたことのない鳴き声が聞こえてきました。葉っぱが生い茂り姿を見ることができませんでしたが、その鳴き声の大きさと奇妙さに思わず後ずさりをしてしまったほどでした。光を消すと鳴きやみ、静寂が訪れます。その時、「コトン、カサカサカサ……」と例の音が聞こえてきました。ヤブツバキが生える斜面にそっと光を向けると、その光の線を一枚の葉がスッと通り過ぎていくのを目にしました。落ちていく青葉に導かれるように視線を落とすと、すでに点々とみずみずしいヤブツバキの青葉が落ちています。 目を凝らすと、人が立っていられないほどの急斜面の上に、茶色い枯れ葉が複雑な隆起をかたちづくっていました。そこに落ちた青葉はその場で留まることはなく、スルスルと滑るようにくだっていき、時には枯れ葉に引っかかり一回転して斜面を転がりもしたのでした。これが謎の音の正体だったのです。一枚、また一枚と青葉が流れていきます。手に取ってみると、ぱりっとした堅さがあり、ある程度の重さがありました。 青葉が落ちるたびに「コトン、カサカサカサ……」と鳴り響きます。近くの木々を見渡しても、頻繁に葉を落としているようすも音もありません。おそらく樹上にいる姿かたちの見えない生きものによるものだろうと考えました。後日ヤブツバキの周辺を調べてみたところ、近くにムササビの食痕とみられる、左右対称にかじり取られた葉が複数枚見つかりました。 夜遅く帰宅した時など、屋根裏のムササビの出巣を見逃した日であっても、今ではアパート近くの小道に足を運ぶようになりました。足元さえおぼつかない真っ暗ななか、耳をつかって周囲の状況を探ります。「ポリポリポリ」というこまかな音の先には、両手で葉を器用につかんで食べているムササビの姿があります。いっぽうで、時には想像のつかない音がアパートの横を通る小道(上)と謎の音が聞こえてくる急斜面(下)ムササビが棲み、僕が住むアパート

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