フィールド・ノート68号
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25戸沢のカフェ「かたつむり」には、本学の授業の一環で何度かうかがっている。そのとき気になっていたのが、窓の外を向いて、日差しを受けてあたたかそうにしていた丸太の椅子だ。2本の背もたれがうさぎの耳のようでおもしろい。座ってみると予想外な座り心地のよさ。シンプルな丸太の外見にそぐわず、計算されているかのように、体に馴染んだ。つくっているのはどんな人なのだろう。南都留森林組合へ 椅子をつくっているのは、「南都留森林組合」の芦あしざわしげよし沢茂義さん(68)。2月7日午後5時、南都留森林組合へ向かった。 このあいだまでの冷たさはゆるんで、少し湿った匂いのする空気を吸い込む。春のように風がぬるい。都留トンネルの手前で右にそれ、坂をのぼり鍛冶屋坂のトンネルをぬけ、川を渡ればすぐだ。都留第一中学校の向かいに、「南都留森林組合」はある。自転車をこぎながら、どんな人たちに出会えるのか、わくわくしていた。 サッシ戸を引いて玄関口に立てば、ひと目で部屋のなかが見渡せる。こぢんまりしたところだ。小さな玄関スペースにはいっぱいに、土のついた黒い長靴が並んでいる。 5時をすぎて、ちらほら山から人が帰ってくる。すぐに芦沢さんも帰ってきた。黄色いジャンパーをきて、足元は黒いひざ下までの足袋。少し小柄で、ゆるくしわの刻まれた顔に、四角いめがねをかけている。 丸太の椅子をつくり始めたのは昨年から。戸沢で開かれるお祭りに組合が出店し、職員それぞれが思いおもいに木工製品をつくって販売した。それを見た「かたつむり」から注文が入り、注文に沿って椅子をつくったのが芦沢さんだ。初めは普通の丸太の椅子だったが、注文に応じて背もたれをつけたら、うさぎのようになった。 玄関の脇に短く切った丸太が2つ立ててあった。これが組合で販売している椅子らしい。上には刃渡りの長い、赤いチェーンソーが置いてある。椅子は、丸太の粗い表情をそのまま残している。 丸太を切って皮を剥ぎ、側面に持ち手となるへこみをつくって、ペーパーをかければできあがる。作業はほとんどの工程をチェーンソーでおこなう。「つくりが粗いから」。椅子は部屋のなかではなく、外で使う用だ。 樹種はマツかヒノキだという。間伐材を利用するが、「スギはだめ」。スギは硬いところと軟らかいところがはっきりわかれていて、使っているうちに軟らかいところはへこんで、見た目が悪くなってしまうという。ケヤキやナラなどの広葉樹も適さない。丸太の椅子だから、重くて使いづらいのだ。  芦沢さんは何度も、話せることなんかない、組合の仕事だからやっているだけ、こだわりなんてないよ、という。たしかに芦沢さんにとって、「椅子づくり」は組合のいくつかある仕事のなかの一つにすぎないのかもしれな南都留森林組合。入り口の横にたっているのぼりには「きのこ種菌販売中」の文字

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