フィールド・ノート68号
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9アカネズミ。私が大学に入学して最初に出会った野生動物です。たとえ一瞬の出会いであっても、野生動物の活気に満ちたさまは強烈な印象として心に刻まれるようです。じっさい子どものころ、山道で偶然、ノウサギに出会ったときの感動は今でも鮮明に覚えています。大学1年の夏休み、下宿の裏山を歩いていると丸い穴のあいたクルミを見つけました。石垣の隙間に同じように穴のあいたクルミがいくつかありました。動物の図鑑でこれがアカネズミの食べた痕だということは知っていましたが、実物を見たのは初めてでした。クルミの食べ痕をじっくりと観察してみると、小さな歯の痕がいくつも刻まれていました。小さな野ネズミが堅いクルミに穴を開ける。そのみごとな技にまず感動しました。アカネズミはどのようにしてこのクルミに穴をあけるのだろう。どのような動きをするのだろう。穴のあいたクルミを見ながらいくつもの疑問が出てきました。ぜひこの目でアカネズミを見てみよう。私はその晩から裏山で観察を始めました。アカネズミが夜行性であるということは図鑑にも書いてあります。でもどのようにして観察すればよいのか私にはわかりません。まずは食べ痕を見つけた石垣の前で懐中電灯を照らして待つことにしました。しかしいくら待っても姿はおろか気配さえ感じられません。9月になりクルミが実を落とし始めると、それを石垣の隙間の近くに置いて観察を続けました。観察を始めて2ヶ月が経とうとしたとき、何かが隙間の奥で動く気配を感じました。じっとしていると鼻先を穴から出しすぐに姿を消しました。明らかに警戒していることがわかります。私は懐中電灯の明かりを弱くし、動かず待つことにしました。その後、定期的に観察できるようになり、体のサイズや尾の長さなどからこの動物がアカネズミだとわかりました。とくに艶のある赤みがかった美しい毛並みが強い印象として今なお心に残っています。観察を続けるうちに、かすかな物音や動きをも感じとることができるようになりました。相手の暮らしを尊重し、じっと待つ。そしてこの目で見る。さらに、こうした自然との直接の接触は、感覚に磨きをかけることにつながる。アカネズミとの出会いの経験から私は、動物と親しく付き合うさいの大切な姿勢を学びました。それは今でも私の動物観察の原点となっています。クルミを運ぶアカネズミ自然との接触は   直接であるほどよい

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