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音の捕まえかた2月4日午後5時半、くねった道を1人歩きながら、まだ厳しい寒さに白い息を吐いた。富士急行線田野倉駅から10分ほど歩いたところに「小形山カフェ音楽教室」はある。長屋のような建物の一番奥へと回り込んで、ノックしてからドアを開ける。ほのかな温かさと談笑が私を出迎えた。この小形山カフェ音楽教室は、幼稚園児から社会人まで、年代を限定せずさまざまな人たちが集まっているのが特徴だ。8畳くらいの部屋のなかには、エレクトーンとキーボード、そしてピアノ。反対側には勉強机がある。兄弟でレッスンに来る生徒もいるため、1人がレッスンするあいだ、もう1人は勉強机で宿題をしていることがよくあるらしい。この日来ていた生徒は小こばやし林永ななみ並くん(14)。都留第一中学校の2年生だ。部活などの近況と少しの雑談をしたあと、レッスンが始まった。永並くんがかばんから取り出したのは、「ソナタ第8番『悲愴』第2楽章」。ベートーヴェンの数ある曲のなかでも有名な曲だ。どうやら今日からこの曲を練習していくらしい。一度藤本さんがさらりと弾いてくれた。ゆったりとしたリズムと、物悲しいのにどこか優しい旋律が耳を満たす。続いて永並くんも弾いてみる。確かめるように何度も同じ鍵盤を叩く演奏は、まだ拙いものだ。それでも何とか1フレーズを弾き終えると、藤本さんはうんうんとうなずいて「ちゃんと楽譜、読めてるじゃん」と言った。「じゃあこの曲は何調でしょう」。まるでクイズのように、藤本さんが問いかける。ヘ音記号の隣に4つ並んだフラットのマークは、ラ・シ・レ・ミの音にそれぞれ当てはまる。「悲愴」はラのフラットが主音になる変イ長調の曲だ。「何調かで曲の世界が変わるからね。一つの国みたいなものだと思って」と話す。調が変わるとどのように変わってしまうのだろう。試しに、藤本さんがシャープやフラットがまったくないハ長調で「悲愴」を弾いてみる。明るくて華やかで、変イ長調の持つ、悲しみに浸るような重さはない。本当に世界がまったく異なってしまうのだ。ほかにも重要なポイントとして、たいていの曲は右手でメロディを奏で、左手で伴奏をするけれど、「悲愴」の場合は右手でメロディと伴奏をこなし、左手で伴奏とベースを弾くことも教えてくれた。左右の手にそれぞれ割り振られた複雑な役割が、この曲に更に奥行きを与えているのだろう。曲の構成を理解するのはなかなか難しい。私が幼いころにやっていたエレクトーンの記憶を引っ張り出しながら、何とかついていける程度だ。けれど曲の仕組みや特徴を解きほぐしていくと、「悲愴」の美しい旋律にはきちんとした裏付けがあるのだとわかる。30分のレッスンを終え、最後に永並くんはモーツァルトの「トルコ行進曲」を弾いてくれた。過去に練習したものを思い出しながらの演奏だったため、少したどたどしいところもあったけれど弾むような調子が心地いい。今回の「悲愴」とは明らかに違う雰囲気の曲だ。何故「悲愴」を選んだのか聞いてみると、藤本さんが次のお題として選んできた3曲のなかからこれを気に入って始めたのだと言う。永並くん小形山カフェ音楽教室の看板とポスター41

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