FN73号
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都留市の旧5町村を巡る(1)旧東桂村梅その地名を「こわた」と呼ぶことすら、今回の取材をするまで知らなかった。都留市鹿留に含まれる古渡地区には、尾崎山の西の裾に沿って集落がある。古渡の梅についてあてがなかったため、「東桂地域コミュニティセンター」を訪れて情報を仕入れることから始まった。すると、古渡で三さえぐさ枝秀ひでお雄さん(74)が梅を栽培しており、奥さんも梅干しや梅ジャムづくりに熱心だということがわかった。電話をかけて取材をお願いしたところ、さっそく梅畑を見せていただけることになった。 大学から自転車で約10分、国道139号線の左に「古渡」と表記された標識が設置してある道に入っていくと、鹿留川にかかる古渡橋がある。橋を渡って直進した道に入ると三枝さんの梅畑が広がっている。開花期には、梅の花が一面に咲き誇り、美しい景色が広がるのだろう。「古渡で梅が密集しているのはこのあたりくらい」と三枝さんが教えてくれた。もちろん、花も見ごたえがあるのだが、古渡の梅は花の観賞が目的ではなく、実を収穫するためのものだ。手入れがされている梅の木は、高さが2m前後で統一されており、枝の剪せんてい定も適度にされている。まさに、「実を出荷するため」の梅がそこにはあった。 「あそこに山があるから、この地域は日の出が遅くて、日の入りが早い」と、三枝さんが尾崎山を指した。「冬になると、もっとも遅い日の出は9時15分ころ」になるくらい、日照時間が短い土地のようだ。だが、これが梅を栽培するには適した気候条件だという。三枝さんが生まれたときには、すでに実家には梅があったとお聞きした。昭和30年ごろには、実の収穫のために当時の都留短期大学の学生をアルバイトで雇っていたくらい、収穫期は繁忙を極めていたそうだ。 古渡の梅には、いくつか品種がある。この土地に適しているという「小こうめ梅」。毎年必ず実をつける「養ようろう老」。そして、天候に左右されやすいが、大きな実をつけて肌もきめ細かい「白しらかが加賀」がある。三枝さんは、毎年6月中旬ころに梅を収穫して梅干しやジャムをつくっている。古渡には、120戸ほどの世帯があるそうだが、今でも十数軒が梅の栽培をおこなっている。収穫した実は自家消費するほか、青梅を市場に卸しているという。お話を聞きながら、手づくりの梅干しをいただい1954年4月29日、旧谷やむら村町まち、宝たから村むら、盛もりさと里村むら、禾かせい生村むら、東ひがしかつらむら桂村が合併して、都留市が誕生した。「都留市の旧5町村を巡る」では、各地域を渡り歩き、気になる人やモノから、その地の風土を探っていく。1回目は、鹿ししどめ留 古こわた渡地区にて栽培されている「梅」がテーマ。じつは、都留の市の花は「梅」だ。合併前の旧5町村を梅の五弁の花が表現している。まだ見ぬ土地を、梅から探求してみるのも面白そうだ。﨑田史浩(社会学科4年)=文・写真がつなぐ過去・未来(1)旧東桂村1893年に桂村が分村して西桂村と東桂村が誕生。地名の由来は東半分にわかれたことから。旧東桂村は、夏狩村、十日市場村、鹿留村、境村で構成される。都留市の旧5町村旧宝村旧禾生村旧谷村町旧盛里村旧東桂村鹿留古渡地区都留文科大学尾崎山FIELD.NOTE20
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