FN73号
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今回訪ねた市川三郷町と都留市の位置関係折られる前の節のようす甘々娘を育てるのは難しい」。そんな環境のなかあえて育てようとするのは、商品としての市場価値を上げるためだ。 初めの種を蒔いてから三、四週間が経つと、今度は日中に土の温度が上がりすぎないよう、堀口さんは朝一番でトンネルの裾を上げに畑へ向かう。そして日が暮れる前には裾を元に戻す。毎日その作業の繰り返しだ。「日中そのままにしておくと徒とちょう長(茎葉が伸びすぎること)が起きて、節が細くなる。それじゃあ大きくならないから駄目なんだ」。 スイートコーンの生長とともに、いくつかの節が出てくるが、一番上の一つを残してほかは折るそうだ。そうすることで大きなコーンを作る。堀口さんが「ちょっとこっちに来てみな」と言いながら畑に入っていくので、慌てて後を追う。立ち止まり「ほら、これが節だ」と言って、下の方の節をぐきっ、と折って見せてくださった。甘々娘の列に沿って歩きながら、あっというまに一抱え分折ると、軽トラックの方に戻っていく。荷台に座り直すと、取ってきたばかりの節に爪で切り込みを入れ、開いて中身を見せてくださる堀口さん。「これがベビーコーン」。ふさふさした黄色いヒゲに包まれて、小さなコーンが横たわっている。根元をぽきり、と折られて出てきたコーンを「食べてみな」と手渡された。生のままだ……と思いつつ口に運ぶ。すると、予想していたような青臭さがまったくない。ほんのり甘くてシャキシャキしている。「おいしいです」と伝えると、堀口さんは笑顔で頷いて「ベビーコーンは生のままサラダにスライスする。その上にマヨネーズや酸味の効いたドレッシングをかけて食べると、これがうまい」と教えてくださった。甘々娘はほかのスイートコーンと何が違うのかをたずねると「粒の皮が薄くて柔らかいんだよ。だから食べた時に口の中に残らない」。甘さの違いではなく、食感こそがおいしさの鍵なのだそうだ。 もう一つお聞きしたかったことを伺った。「甘々娘を作っていてやりがいを感じるのはどんな時ですか」。すると突然、一瀬さんが笑い出し「そりゃあねぇ」と堀口さんを見る。堀口さんも笑って「ああ、そりゃあ、食べてくれた人の『うまかった』に尽きるね」。お話を伺っているあいだも、奥さんの堀ほりぐちかつみ口勝美さん(66)は遠くのほうで作業なさっていたようだ。甘々娘たちは5月下旬の出荷に向けて大切に世話されている。写真を撮るから、と一瀬さんが勝美さんに声を掛けると、手を休めてこちらに来てくださった。私が最後にした質問は、農業に携わる方にとっては野暮なものだったに違いない。堀口さんたちが甘々娘を育てる先に見たいのは、それを食べた時の誰かの笑顔なのだ。41

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