FN73号
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に土蔵のなかをおおまかに観察できました。まず目に飛び込んでくるのは、美しく仕立てられた襖。色とりどりの書画が一面に並ぶ光景を前に、博物館や美術館に行くまでもなく「ほんもの」に触れる楽しさを嬉々として感じ、胸の高鳴りを覚えました。白日のもとにさらされない秘密の空間に踏み込むような感覚が、好奇心をいっそう掻きたてたのです。 蔵のなかには電気が引かれていないので、奥のほうは真っ暗です。横山さんに教えられ、入口右手にある階段を恐るおそる登ってみますが、やはり何も見えません。もしこの真っ暗闇のなかにひとり閉じ込められたら、何も見えない恐怖と孤独から取り乱してしまいそうです。 フラッシュをたいて写真を撮影してみると、二階には時代を感じさせる調度品や道具などが置かれ、梁からは細長い棚が吊り下げられていることが見て取れました。また内側の壁には、外側同様に漆喰が塗られていることも写真によってわかります。外部だけでなく、内部にいたるまでていねいに仕上げられていることが明らかになりました。 「いまはだめですね。お蔵の役目を果たしてないですよ」。横山さんが重ねてそうおっしゃいます。生活様式の変化にともなって、土蔵は役目を終え、むかしほど重用されていないのかもしれません。取り壊そうかという話が持ち上がったこともあったそうです。けれどそれとは逆に、瓦を葺ふき直したり、壁の塗装を新しくしたりしながら何度も修繕の手を加えてきました。「先祖が残してくれたからね。残してかなきゃと思って」 持ち主のこうした思いに支えられながら、土蔵はいまなお美しい姿を街なかに留めています。一枚の写真との出会いを端緒に訪れた土蔵は、その場所に存在するだけで時代を反映する、一つの記録です。大きな災害を経てきた歴史や人の暮らしの変遷を、口数少なげながらもしっかりと語ってくれました。私たちは横山さんを通じ、その声なき声に耳を傾けたのだと思います。土蔵メモ右上:書画が貼られた襖。なかには冠婚葬祭などの行事で使われた座布団が入っている右下:前蔵の箱階段。1段1段が高く、急であることがわかる左:フラッシュをたいて撮影した中蔵二階のようす。荷物の置き場所が整理されていて、意外とすっきりしていたFIELD.NOTE8

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