FN73号
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街なか土蔵見聞録左官屋さんに聞く仕事中の平井さん。現在手がけている円通院のスロープにセメントを塗っているところ 5月12日、中央三丁目にある円通院で左官屋の作業をしていた平ひらいじゅん井淳さん(43)に土壁についてのお話を聞きました。頭にタオルを巻いて作業する姿はいかにも働く男といった出で立ちですが、私に向けられた笑顔はとても穏やかで優しそうな印象を受けました。土 壁 と は さっそく土壁について聞いてみます。土壁は土と水と藁でできているそうです。藁を入れることでひび割れをしにくくします。土壁というと、ぼろぼろと崩れてしまうような想像をしていました。じっさい、土が収縮することによってクラック(亀裂)が入るのですが、その強度に問題はありません。今でも土壁の建物が残っているように簡単に崩れてしまうことはないのです。昔の人の発想力と実用性のある知恵は、現代に生きる私たちを驚かせるものばかりです。 夏は涼しくて冬は暖かい。これもまた土壁の特徴です。さらに調湿もしてくれるので、土壁でできた建物は私たち人にとってとても快適な空間をつくりだしてくれるのでしょう。何よりも、天然のものしか使っていない土壁は人の身体に良いのです。これらの特徴は土そのものの特徴といえるかもしれません。土 壁 の 今 どうして土壁でできた建物が、このあたりで建てられることがなくなってしまったのでしょうか。それにはいくつか理由があるようです。その要因のひとつに工期短縮が挙げられます。土壁をつくる工程は、竹で木こまい舞と呼ばれる骨組みをつくり、そこに土を塗って一週間から二週間おいて乾かします。それを3回ほど繰り返して最後に漆喰を塗るのです。ですから一枚の壁をつくるのに一ヶ月も二ヶ月も時間がかかってしまうそうです。その手間のぶんだけ単価が高くなり、需要もなくなりました。そうして、土壁を土からつくることのできる左官屋さんは70歳を過ぎた高齢の方か京都の左官屋さん以外、もうほとんどいないということでした。そもそも土壁づくりでもっとも重要な、原料である土を採るのが難しいそうです。「その土地の土でないと合わないから」と平井さんは言います。この言葉がとても印象的でした。環境にあった土でないと風化してしまうのです。土壁はその土地の風土と深く結びついていたのですね。私たちに見える土が減り、コンクリートで黒くなっていく地面は、人が自然やそれまでの自分たちの暮らしを上書きしていく様を表しているような気がします。 変わりゆく時代のなかでその土地の土が建物として今もそこに在ること。その存在は静かに人と土が関わってきたカタチを教えてくれているのだと感じました。9

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