FN75号
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いに私は小屋に一泊しての観察を試みた。一泊すれば、いつかは見られるだろうという期待から、寒さもあまり気にならなかった。寝袋から顔だけを出して、観察装置をじっと見つめる。朝が迫るにつれ、出会えないのは何が悪いのかを考えるようになった。いつもカメラを置いて帰るときは真っ暗だから、暗くした方がいいのではないか。もしかすると、話し声に警戒してこないのかもしれない。そんなことを考えているうちに、とうとう朝がきてしまった。 11月8日(木)18時30分〜20時35分。今日は静かに小屋に入り、なるべく物音をたてないように準備をすませた。ヒマワリの種のほかに、マテバシイのドングリを三粒用意して置いてみた。明かりも小さな懐中電灯一つだけ。そして息をひそめ、祈るような気持ちでアカネズミを待った。 20時を過ぎたころ、待ちに待った瞬間がやってきた。パイプの出口から、アカネズミがひょっこり顔を出した。写真の印象とは違い、じっさいに見ると小さくてほっそりとしていて、動きも俊敏だ。 種を何粒か口に含み、ドングリを一つくわえて持ち去っていった。あっという間の出来事だった。でも、食べ物が残っているのでまた戻ってくるはずだ。予想通りアカネズミはすぐに戻ってきた。さっき拾ったものは、どこかに蓄えてきたのかもしれない。少し明るくしたため、赤茶色でつやつやとした毛のようすを確認することができた。両方の前足を使って、顔を洗うように上下に動かしている。ていねいに毛繕いをすませると、また種を口に含みはじめた。一度拾った種を置いて、また別の種を拾っている。口のなかの容量が少なくなったためか、小さな種を選んでいるようだった。なかなか賢いと思った。 口いっぱいに種を含むと、アカネズミはまた出て行った。そのときに、カメラを設置しようとして音をたててしまった。一瞬体をビクッとさせたのに、アカネズミはまた戻ってきた。残りの種を口に含み、さらに器用にドングリを一つくわえて出て行った。また戻ってくると、最後のドングリをくわえていった。 驚いたのは、もう食べ物がないのに戻ってきたことだ。一つひとつ間違いなく殻であることを確認した後、体を伸ばして上の方も確認していた。食べ物への執着と、この徹底ぶりには感心した。それから10分ほど待ったが、アカネズミはもう現れなかった。アカネズミは30分ほどのあいだに、観察装置と小屋の外を5回行き来したことになる。 今までの経験から、ネズミは目が合うとびっくりして一目散に逃げていくものだと思っていた。でも、かなり近くで観察していたし、途中で物音もたてたのに、一度もアカネズミと目が合うことはなかった。食べ物だけしか見ていないような印象がとても新鮮であり、驚きだった。    *   *   * 今回アカネズミを待った時間は延べ14時間。じっさいに観察できた時間は30分ほどであった。得られたものは、生きものに近づけた感動だけではない。そのわずかな出会いの時間には、自分の目で見なければ知りえなかった情報があふれていた。そんな観察の奥深さが、「その生きものを見たい」という私の気持ちを支えているのだ。これからも、生きものを自分の目で見る経験を積み重ねていきたい。これまでに登場した生きものカジカガエル

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