FN75号
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33れ、ご自宅の一階にお店を始めることになった。それが、現在のよねやま手芸店だそう。「始めるとき、そりゃあ、不安もあったけどね。好きなことだったし、二つ返事で引き受けたよ」。明るく話す米山さんは本当に手芸がお好きなようだ。 「始めたころはビーズが流行っていたんだよ。今はパッチワークが流行っているからね、キルトとかもまた仕入れていくさ」。店内を見渡せば、まだたくさんのビーズが残っていた。「最近は人が通らなくなって、店に来るお客さんも少なくなって寂しいもんだよ」。そう言って、次々と閉めていくお店を挙げてくださった。「昔は、外から先生を呼んで、二階で手芸教室を開いたりしてね。生徒さんもいたんだがね。もう人はいないし、教室もやめて何年たつか」と語る米山さんの表情は、始めたころのことを話していたときとは打って変わって、懐かしさに寂しさを含んだものだった。憩い 私がよねやま手芸店の入口に着いたとき、道の向かいからこちらへやってくる一組の老夫婦がいた。お店のお得意さんで、この日は、初めてのお孫さんの名前を米山さんに伝えにやってきたという。ご夫婦はたびたびこうしてお店を訪れては、米山さんと談笑をするのだそうだ。 店内にあるたくさんの作品は、お店に訪れるお得意さんが作ったものだ。それらのなかには奥さんが作ったものもあるのだそう。ほかの手芸店でも作品を置いてあるのを見たことはあるが、それはサンプルだった。お客さんたちの作品だったのは初めてだ。米山さんとお客さん、同じ手芸という趣味をもった者同士の友好の証なのかもしれない。思い出の作品たちに囲まれながら、いつも米山さんたちは話に花を咲かせているのだろう。楽しく話す米山さんたちを想像すると、なんだか私も楽しい気持ちになった。 「そうそう、いいものがあるのよ」。米山さんが奥の部屋からくまのぬいぐるみを持ってきてお店のカウンターに置いた。米山さんが「お店にひとつあると楽しいの」と言うと、おもちゃのぬいぐるみだったのか、くぐもった音でぬいぐるみが米山さんの声を復唱した。途端に店内は笑いに包まれる。老夫婦も米山さんも、小さいころに戻ったかのように顔をくしゃくしゃにして笑っていた。米山さんが「こんにちは」と言うと、ぬいぐるみは「コンニチハ」と返す。それが繰り返されるたびにわきあがる笑い声に、胸の内側があたたかくなった。 よねやま手芸店には、米山さんがいて、お客さんがいて、ちょっとしたきっかけで笑い合える和やかな雰囲気があった。それは、以前のような賑わいが少なくなった寂しさを覆うほどのものだった。米山さんの人柄。飾られているお得意さんたちの作品。米山さんの手芸が好きだという想い。これらが、店主とお客さんの関係を超えて、趣味を通じた友人という関係を築き、今のお店の空気をつくりだす一つとなっているのだろう。 お店をあとにした私はスキップをしたいくらい、いいものを見つけた気分になった。また来たいと思った。お店を訪れるお客さんたちもきっとお店のあたたかさに触れ、気分良く買い物を終えて帰って行くのだろう。よねやま手芸店はそんな小さな幸せがあるお店だと思った。
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