FN75号
37/48

37うすに気づいた竹内さんは「焼くとスモークの風味が付くんです。うちは大体ミディアムかミディアムプラスだけど、ライトとかヘビーとかの焼き具合もあるね」と付け加えた。容器としてしか樽を見ていなかった私にとって、それは思ってもみないことだった。 国内ではほとんど樽が生産されていないため、丸藤葡萄酒工業で使っているものの多くはフランス製で、焼き具合とともに木の産地である森の名前が記されている。樽に入れることで味わいもふくよかになり、香りも香ばしくなるそうだ。ワイン樽に使うのはホワイトオーク(ナラ類)だけで、ほかの木だと風味があまり良くならないそう。同じホワイトオークから出来た樽でも、どの森に育った木なのかで少しずつワインの味は変わる。一つの森とワインのあいだにも小さな繋がりがあったのだ。 ワインのこれからを考えて 「ワインって、いくら『おいしいですよ』って言っても試飲しないと分からないから」と竹内さんが持ってきたボトルは『甲州シュール・リー(白)』。試飲させてもらうと、ワイン特有の酸味と渋みはあるのに、初心者の私が飲んでも口当たりが優しいと感じた。このワインは勝沼町産甲州種葡萄を100%使用している。皮が厚く、控えめな甘さが特徴の葡萄だ。 感想を伝えると「みんな、国産のレベルが上がってきていることを知らないんだよね。外国のワインも美味しいけど、ちょっとお金を出して日本のワインを買ってもらえれば」と竹内さん。国産のワインは人件費の面でどうしても高めの値段になってしまう。 今年は9人で一ヵ月半仕込みをし、計190tの葡萄を使ったそうだ。扇状地で水はけがよく、降水量も比較的に少ない山梨県では、江戸時代から葡萄栽培がさかんになった。今年は豊作だった甲州種葡萄だが、近年その収穫量が減り、値段も上がってきている。葡萄の取り合いに近いことも起こっているという。お年寄りのなかには、後継者となりうる家族がいても「農家は苦労するから」とやらせたがらない人も多いそうだ。 「葡萄作りも、おじいちゃん、おばあちゃんが死んじゃうと畑が草や虫だらけになって。葡萄も病気になって。若手って言われてる人ですら50代だしね」と竹内さん。もともと自社畑を所有している丸藤葡萄酒工業だが、手入れがされずに荒れてしまった葡萄畑にも、2年前から苗木を植える取り組みを始めた。 「ワイン造りは結局葡萄作り、農業」と竹内さん。手放された畑には建物が出来ていくそうだ。「なんであそこに? ってところにどんどん家が建っていって……」と少し言葉が途切れる。だが、一息置いたあとに「畑を潰さないで、今あるところに葡萄を作って、山梨のワイン造りの一端を担えればと思ってます」と答えた竹内さんの表情には、生きいきしたものがあった。 森とワインには思いがけない関わりがあったこと。農家のかたからワイナリーへと葡萄が手渡され、そうして私たちの手元にワインとなって届くということ。自然と人、人と人との関わりのなかから一本のワインはできている。取材を通してそのことに気づくと、ワインを飲んでいる人たちに「こんな積み重ねの上にその一杯は出来ているんだよ」と竹内さんたちの想いを伝えたくなった。話したくなった。それを知って飲むワインは、もっと味わい深いものになると思うのだ。左:木製樽。側面には焼き具合と、材料となるホワイトオーク(ナラ類)が生えていた森の名前が刻印されている。数字は樽番号右:タンク内に貯蔵されているワイン。発酵して、表面には泡が立っている

元のページ  ../index.html#37

このブックを見る