FN76号
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29 昨年2月、特徴的な数十粒ものヤマザクラの実を発見しました。それぞれの実のまんなかには、直径1㎜ほどの丸い穴が開いています。それらはすべて、近くの炉のなかに置かれた鉄網の下に、蓄えられているかのように置かれています。そのわずかなすきまの高さは3㎝ほど。固い殻に器用に丸い穴をあけているこの食べ痕は、どうやらヒメネズミによるもののようです。 7月上旬、夜は薄い上着1枚で快適に過ごせるようになったころ、ヒメネズミの食痕を見つけた場所にヒマワリの種を置き、センサーカメラを仕掛けてみます。3日後、センサーカメラには小さな身体を巧みにつかって炉のなかを行き来する野ネズミの姿(このときはアカネズミでした)がとらえられていました。栗色のつややかな毛や、黒くて丸い大きな目、それに鉄網のあいだからヒョイと顔を出す姿などはとても愛らしく見えます。本当に近くに暮らしているのだということが分かると、今度はどうすればじっさいに見ることができるだろうかとワクワクしてきました。待つことは難しい ヤマザクラの食痕を見つけた炉の隣りに、木の箱を設けて、野ネズミが身を隠せて安心できる簡単な食事場をつくることにしました。大きさはティッシュペーパーの箱くらいで、底には直径5㎝の丸い穴が開いています。箱のなかにはヒマワリの種を置き、箱と地面の間には7㎝ほどのすきまをつくりました。とりあえずセンサーカメラのみ設置して、彼らのようすをうかがってみることにします。 その日の21時20分過ぎには、食事場を訪れる1匹のアカネズミの姿をカメラはとらえていました。その次の日も、種を置くとアカネズミは食事をしました。エサを見つけた場所には、毎日、姿を見せるようです。 7月19日、いよいよ観察を試みます。今までのセンサーカメラの記録を参考にして、22時から23時までのあいだに、食事場から2m ほどの距離にイスを置き、頬杖をつきながら気ながに待つことにします。 地面の枝が誰かに踏まれて折れたような乾いた音や、木の葉が枝に当たりながら落ちゆく音が想像力を働かせ、単調な時間に彩りを加えます。また、時間が経つにつれて暗闇に目も慣れてきて、あたりのようすが少しつかめるようになります。草をかすかに揺らしながらチラチラと小さな影を見せるカマドウマを野ネズミと勘違いして、何度がっかりしたでしょうか。彼らも野ネズミの食事場の何かに誘われて、木ヒメネズミによるヤマザクラの実の食痕箱に3匹ほど集まってきていました。けっきょくこの日、野ネズミを観察する初めての試みはうまくいきませんでした。 次の日、センサーカメラの記録を見てみると、観察を諦めたおよそ20分後にアカネズミが食事場を訪れていました。そのあとセンサーカメラでの記録と、夜の森のなかでの観察の試みを重ねていくと、野ネズミはヒマワリの種を食べに毎日欠かさず食事場を訪れているのですが、僕がイスに座って観察を試みている時間帯は姿を見せないことが分かってきました。じっと動かずに待っているつもりでも、少し動いたときの服が擦れる音とか、顔がちょっとかゆくなってポリポリかいている音とかが影響しているのでしょうか。原因を考えてみればみるほど、ささいなことが気になってきて、きりがありません。じっと待っているつもりでも、どこからかこちらを探っているアカネズミの目には、脅威の対象として映っているのでしょうか。29

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