FN76号
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39動する自分の足音が、この日はほとんど聞こえない。お客さんが多かったのだ。偶然にも、展示物の作家さんである丸山東子さんがいらっしゃっていた日で、ファンや親戚のかたも多く訪れている、とスタッフのかたが教えてくださった。珍しいことではあるが、たまにこういうにぎやかな日があるらしい。また、「英」は受付の傍に小さなカウンターがあり、喫茶もできる。ここに定期的に来てコーヒーを飲んでいく近所のおじいちゃんと世間話をするのが楽しい、と受付のかたはおっしゃっていた。心地よい静けさに満ちた美術館らしさが「英」の特徴だと無意識に思っていたが、人々の交流を生むにぎやかな場でもあると知って、「英」の起源に関心が湧いた。そして、幸運にもこの日、オーナーの西村さんが館内にいらっしゃり、お話をうかがう機会を頂くことができた。オーナーのお話 1月23日のお昼休み。「英」の館内中央にある円形テーブルに座り、西村さんにお話をうかがう。「英」は、今は亡くなられた西村さんの奥様英子さんの意向で、内科だった1階を画廊に改装して開設されたものだそうだ。2007年に開いて以降、受付の女性3人、書道家の杉すぎもと本好よしふみ文さん(64)を始めとする男性スタッフ数人、そして「私はちょっと手伝うだけ」とおっしゃる西村さんご自身を加えた6、7人で設営なさっている。今まで展示してきたのは、世界に名の知れた作家の作品から、地域の主婦の美術サークルの展示物に至るまで、プロアマを問わず幅広い。 「英」に対しての想いや、願い。そういったことが知れたら、と思っていたのだが、それらの話題は西村さんを少し困らせてしまったようだった。お話を聞くなかで、う〜んと悩んだ後、苦笑いを添えて、はじめた本人がいれば一番いいんですが、という言葉が出てくる。英子さんに直接お話を聞くことができたら、というその言葉への共感と、質問すること自体が適切じゃないのかも、という自省の気持ちが起こり、言葉が詰まる。こんなやりとりが少し続くと、西村さんが手に持っていたクリアファイルから紙を一枚取り出し、これにいろいろ書いてあるので、と言って渡してくださった。2009年、英子さんがインタビューを受けたミニコミ誌『街かど情報TSURU』の2月号のコピーだ。目を通して分かったことは、英子さんが、セレンディピティー(=偶然の出会いから生まれる新しい発見や幸せ、またそれらを見出す能力)という言葉を大切に、芸術と人との一期一会を生む場所を都留に作りたいと考え「英」を開いたということ。また、その出会いが、忙しない日常を送る人々にひとときの休息を与え、心を潤すものであって欲しい、と信じ願っていることだった。 英子さんのアイディアで作られた館内、温和で説明熱心なスタッフさん、時おり起こるわいわいとした人々の談笑……。私が出会った「英」の姿は、英子さんの想いが、「英」に関わるあらゆるものに浸透していることを物語るものばかりだ。英子さんの想いに触れたことで、「英」を知ったことへのぼんやりとした感動だけでなく、その出会いの持つ力に目を向けることができた。「英」との出会いは、私にとってまさにセレンディピティーといえるのだ。左:館内の中央にある照明。内科があった時に天窓だったものを改装し、おもむきのあるデザインになっている右:水墨画を主に描かれる丸山東子さんの作品

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