FN76号
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FIELD.NOTE4040 きれいに刈られた芝生 人びとが出入りするドア 人が歩ける幅にかかれた雪 毎日目にするキャンパスの景色。 そんな、大学の「なんでもない」景色を つくっている人がいる。 「なんだ自転車なくしたのか?」 2年前の夏休み明けのこと。休み中、置きっぱなしにしていた自転車が見当たらない。鍵を片手に探しまわっていたら、作業服姿のおじさんが話しかけてきた。面識はないけれど何度か見かけたことのある、このおじさん。 「ちょうど直したやつがあるから、それ、もってくか」。それだけ言い残してくるりと背を向けると、すたすた、歩いて行ってしまった。「い、いいんですか?」慌てて後を追っていく。授業終わりの学生の波のなか、ずんぐりとした背中が妙に目立って見えた。隠れ家 本学学生会館のななめ前、プレハブの2階に、中なかい井洋ひろしさん(63)専用のオフィスがある。オフィスといっても、書類の山が眠そうにあくびをしているところじゃない。部屋に一歩入れば、金づちやペンチ、ドリルにスパナなど、棚にぎっしり詰まった工具たちが、にぎやかに出迎えてくれる。ガラス戸に貼られた紙には「修理マニュアル││本部棟1階トイレドア高さ」という走り書きのメモ。室内をぐるりと見渡すと、ぺンキの缶が数十缶、大きな草刈り機3台、工事用のカラーコーンに灰皿スタンドなどなど、40畳ほどある部屋はすっかりモノで溢れてまるで隠れ家のような雰囲気だ。少しくたびれた面持ちの用具たちと一緒に居ると、自分にも居場所を与えられたような落ち着いた気分になる。自転車をもらって以来、大学での昼休みや授業の空き時間に、ふと足が向くようになった。中井さんの隠れ家は、いつのまにか私の隠れ家にもなっていった。職業、「なんでも屋」 私は中井さんの肩書きを知らない。自称、「なんでも屋」。これが中井さんの職業だ。 ぴるるる……。お昼休みでも、甘えるように携帯電話が中井さんを呼ぶ。「トイレの排水管が詰まって、直して欲しい」「教室のドアの閉まりが悪いFIELD.NOTE40

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