FN77号
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19 この日、絵図を見せてくださったのは志しむら村 繁しげるさん(79)。本誌73号で取材している梅農家の一人で、自治会館の向かいにある商店を経営していらっしゃる。挨拶をすると穏やかな声色で「大変だねえ」とねぎらいの言葉が返ってきた。少しばかり緊張が解けたところで、いよいよ絵図との対面だ。鮮やかな色づかい 館内に入ると、志村さんが鍵のついた押し入れの戸を開けた。いくつか資料が収納されているなか、お目当てのものは資料名が記された大きな段ボール箱に入れられている。A3サイズくらいに折りたたまれて大型辞書並みに分厚くなり、だいぶ窮屈そうにして収まっていた。紙質は、画用紙を何枚も重ねたように堅くて頑丈、とても紙を扱っているような気がしない。折り目に従って順に広げていくと、あっという間に部屋は埋まって、約3m四方の図面が姿を現した。 人家、橋、木々、巨石などが細やかに描かきこまれ、緑、赤、黄、紺などの鮮やかな色彩がそれぞれに役割をもって整然と塗り分けられている。しかもその塗り方は単色のべた塗りではなく、濃淡を活かして地形の起伏を表現する緻密さがあった。作成された目的とは 眺めていて気づくことがある。人が住む集落よりも、山林が中心に描かれているのだ。さらに図面のあちこちに貼られた付ふせん箋(書道用和紙のような薄い紙)にも目がいく。折れたり撚よれたり、あるいは付箋そのものは失われて痕跡だけが窺える箇所もあった。一つひとつには沢の名や土地の名と思しき文字が細い筆づかいで書かれている。道中案内や町絵図とはどこか性格が異なるようだ。絵図には以下のような長い題名がついていた。甲斐国都留郡 小沼村 倉見村与と 同国同郡 鹿留村 境村 十日市場村 夏狩下組 鹿留山入会 並同国同郡 内野村山境論 裁許之事 「入いりあい会」とは、ある地域の住民が山林などを共同で利用し、利益を得ること。そして「山境論」(山論)とは、山林の境界や利害関係をめぐって起こる論争。つまりこの絵図は、複数の村が関わる山林の入会権を確認し、鹿留村と内野村(現在の忍野村内野)との山境について裁決する旨を記したものなのだ。絵図が保存されている古渡自治会館。消防団の詰所が併設されている。大学を出てから6分ほどで到着した付箋のなかの一枚。「内の村/ならを沢 尾根」と記されている。ほかにも「わなばか沢」「大ザス」など数多くある地図

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