FN77号
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29カラタチの葉を食べて育つアゲハチョウの幼虫ノイバラの花。中屋敷では5月下旬から花が咲くクルミの林になりつつあるかつてのススキ草原。手前は今年芽生えたクルミ入れが大変です。そこで10m四方の小さな草地に生えているススキやオギを冬場に草刈りをし、維持していくことにしました。楽園計画 じつは、この楽園には私なりのモデルがありました。以前、神奈川県秦野市で動物調査をしていたとき、ススキとオギが生えた休耕田にカヤネズミの巣を4個見つけました。面積はおよそ100㎡ほどでした。 7月の夕暮れ、この田の畦に座り観察していると、まだ日が明るいうちに巣を出て、ゆっくりと葉から葉へと移動していくカヤネズミに出会いました。ときどき休みながら注意深く葉の上を歩く姿は、まるで大木の枝を伝って移動していくムササビのようだと思いました。観察できた時間は1分ほど。しかしカヤネズミを野外で見ることが子どものころからの夢だっただけに、一瞬の出会いだけで十分でした。 この休耕田の環境をモデルにカヤネズミの楽園をつくってはみたものの、いつまでたっても巣はできません。私の楽園計画では巣をつくる気分になれなかったのでしょう。 なぜ巣をつくる気分にならないのか、考えてみてもその原因はよくわかりません。ただ、巣をつくると言われている初夏と秋にはイノシシやニホンジカが頻繁に草原にやってきていました。体の小さなカヤネズミにとって、捕食される恐れはなくとも近くを通る音や振動だけで脅威だったのかもしれません。 清水さんに学ぶ自然との交流 つぎに私は、こうした大型獣が近寄れないよう棘のある植物で生け垣をつくり、草地を囲ってみようと考えました。 生け垣は、なるべくこのあたりにふつうにあるものでつくりたい。そこで私は、ノイバラとカラタチを組み合わせて植えてみることにしました。ノイバラは直径2㎝ほどの白い花にイチモンジチョウが吸蜜にやってきますし、カラタチはアゲハチョウの幼虫が食草としています。カヤネズミだけでなく多くの生きものとの関わりも楽園をつくるなかで生まれてくるでしょう。 生け垣をつくる準備は整いました。カラタチやノイバラが生け垣を形づくるようになるまでにあと3年ほどかかるかもしれません。しかし、急いでカヤネズミの暮らしの謎を解こうとは考えていません。私の関心は、優れた機械で自然を理解することにあるのではなく、今なお一人で手植えによる田植えをする清水さんのように、自分の体や感覚、心を通して直にカヤネズミと交流し理解することにあるからです。北垣憲仁(本誌発行人)=文・写真

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