FN77号
35/48

35漂っていたこうばしい香りが強まる。マグカップに注がれる液体は、粉末の色からは信じられないほど黒い。まさにコーヒーの色だ。完成した喜びと未知の味への不安が半々あった。恐るおそる一口。思わずうっとうめく。苦い! 香りに反した、苦くて渋くてえぐい味。飲み込んだあとにも喉元にしばらく留まる。灰汁のようだ。飲みきることはとてもできなかった。これでは完成ではないだろう。もう一度作りなおすことにした。春を一口 4月27日、再び中屋敷フィールドへ行く。4月の頭にほとんどタンポポの咲いていなかった場所も、今ではタンポポの黄色が地面を彩る。選び放題だ。1時間半かけて8本の根を収穫した。 前とほとんど同じ工程を辿る。しかし今回は灰汁抜きのために取ってきたらすぐ包丁で刻み、一晩水にさらした。そのとき、どんな味がするのか好奇心で根をそっとかじってみた。舌だけでなく、かじった前歯にまで染み入るような強烈な灰汁。これではあの味になったのも当然だ。 翌朝もう一度かじってみる。あの強烈な灰汁は驚くほどに消えていた。これなら美味しいタンポポコーヒーが作れるかもしれない。前よりも念入りに焙煎する。灰汁とともに、香りも少し弱まってしまったようだ。前回火にかけた瞬間広がった香りは、フライパンをふるたびにふわりと優しく漂ってきた。 粉末にし、完成したタンポポコーヒーは前と同じくらい黒い。そっと一口。灰汁はほとんどなかった。かわりにすっきりとした飲み心地。何だか昔に飲んだことがあるような味だ。ほのかな懐かしさと香ばしさがある。やっと完成したんだ。声をあげて大喜びするのではなく、安堵するような静かな喜びと達成感がじんわりと広がる。これはタンポポコーヒーが気持ちを落ち着かせてくれているからなのだろうか。静かな喜びを噛みしめるように、忘れないようにと一口、もう一口とタンポポコーヒーを味わった。 春を満喫したいということから挑戦したタンポポコーヒー作り。根を掘る作業から始めたことで、味や香りで味わうだけでなく、全身で体感した。歩いている地面のなかでは、一株一株がそれぞれに根を伸ばしている。そのひと欠片が凝縮された一杯を味わったということは、春を丸々体に取り込んだかのようで不思議な感覚だ。今も地中ではあの根たちがひそやかに伸びているのだと、そっと地中に思いを馳せる。右:根を切らないように株の周囲から慎重に掘る左下:念を入れて30分ほど煎る。出来上がった量は片手に軽く乗ってしまうほど左上:根を洗うと、一部の表面が剥がれ、白い姿を現した。驚くほど真っ白で綺麗だ

元のページ  ../index.html#35

このブックを見る