FN78号
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no. 78 Aug. 201320最後の皮剝き。おとしに小豆を入れ、手でていねいにこしていくるようになっている。  今まで見せてくださった道具のなかで、賢一郎さんにとっていちばん大切なものだと言う「おとし」。賢一郎さんはそのおとしに手を入れ、手首をぐっ、ぐっと動かす。ときおり水を足して、なかの小豆をぐるりとかき混ぜ、また網目に手のひらを押し付けるようにして小豆をこしていく。一見単純そうな作業だが、じつは違う。おとしを扱うには、そのための力加減を知る必要があるのだ。網目が馬の毛でできているおとしは、力を入れすぎればすぐに破けてしまう。「昔はさ、子どものころはやらしてもらえなかったんですよ。『壊しちゃうからだめ』とかってね。ぐいぐい、こんなんしたらさ、『力入れすぎ』って」と、力を込めてこすふりをしたあとで笑い、どこか懐かしそうな表情の賢一郎さん。お父さんから言われたんですか、と訊くと「いや、あのね、おばあちゃん。子どものころいつもこうやって祖母がこしてたから」。すがやのおとし  すがやさんには常に2、3個のおとしがある。ひとつきりだと、壊れてしまったとき、餡子の仕込みができなくなってしまうからだ。おとしの職人さんは〝御用聞き〞で、春になると身みのぶ延町のほうからやってきたのだそう。網目がだめになったものは職人さんに預けて張り替えてもらい、本体そのものが使えなくなると、新しいおとしを作ってもらう約束をしたそうだ。数年前にその職人さんが亡くなってからは、人づてにほかの職人さんを紹介してもらったという。 おとしを手にとって見せていただく。丸い木枠を繋ぎ止めているのは樹皮。いまではおとしの職人さんも釘を使うことが多くなってしまったけれど、網目の張り替えのためにおとしを預けると、これは変わらず繫ぎ目を樹皮で編んでくれるそうだ。どんな技を使えば、こんなふうにきっちりと編み込めるのだろうか。よく見れば、馬の毛でできた網目は一つひとつ微妙に大きさが異なっているのが分かる。この大きさの違いが、機械では出せない、自然な舌触りの餡子にしてくれるそうだ。 皮が取り除かれた小豆は水分を絞り出されたあと、工場に入ったときに気になった左手の部屋の、大きな銅鍋に砂糖とともに入れられる。ここで熱しながらかき混ぜられて、餡子になっていく。気温や湿度の関係から季節によって変わってくるが、完成まで約1時間から1時間半はかかるそうだ。できあがりは木べらにすくったときの、餡子の落ち具合で見極めるという。こうして、仕込みからできあがりまでおよそ6時間を費やす。小豆の味 「すんごい熱いから気を付けて」と、木べらに付いた餡子を差し出される。少しだけ指

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