FN78号
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21上:3回の皮剝きを経て、すっかり皮が取り除かれた小豆左:おとしの繋ぎ目は樹皮。最後に網目を張り替えたのは平成22年。直径約36㎝、高さ約12㎝、深さ約10㎝に付けて味見させていただくと「まだ甘みが薄いでしょ」と賢一郎さん。じゅうぶん甘いな、といまいちぴんと来ていない私を見てか「あ、熱いから甘味感じるか。じゃあ」と今度はできあがっている餡子が差し出された。食べてみると、確かにこちらのほうが甘さがぎゅっと詰まって風味も濃い感じがする。そう伝えると「でも嫌な甘さじゃないでしょ。なんか、最後まで別に甘さは残んないでしょ。最後、なんだろこの味、ってのは小豆の味なんですよ」。そう言った賢一郎さんは得意げだ。 「いっときね、みんな新しいものへ流れるけど、やっぱ最後はこう、昔の味かなって。一回は離れていくけど。で、そのお菓子にどんだけ自分ちの味を作れるかどうかってことだよね」。力を込めて餡子をかき混ぜつつ、賢一郎さんはいう。「こってこての和菓子屋さんだからさ、うちは。うちはこの餡子っつうものがあって、これからこう枝を作っていかなきゃならない。これが代々繋がってきたもの。これはもう、絶対変えられない。どんなことがあろうとも変えられない」。おとしと餡子 帰りぎわ、食べてみないと分からないこともあるからさ、と賢一郎さんから紙袋を渡された。なかには酒まんじゅうが二つと、八端最中が四つ入っていた。その日の夜、さっそく酒まんじゅうを温め直してひと口食べる。ふわりと広がるお酒の香り、たっぷり詰まった熱々の餡子。うん、やっぱりおいしいな。賢一郎さんのお話を思い返しつつ、小豆の味を確かめるように、いつもよりもゆっくり食べた。食べ終わるとお腹の底がほんのりあったかい。 賢一郎さんがおとしをいちばんに思う心は、手作りの餡子を大切にしたいという心と通じ合う。時間がかかっても、量産できなくても、ここだけの味だと胸を張れるものを作っていこう。そんなすがやさんの和菓子作りの在りかたが、おとしが使われ続けていることに表れていると思うのだ。すがや製菓店さんの秘密に気づくことができたような、そんなこそばゆいうれしさが、餡子の味とともに胸に広がった。

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