FN78号
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9西教生(本学非常勤講師)=文・写真ツツドリの仮剥製標本標本が持つ情報 生きものの標本は、採集地や採集年月日などの情報が書かれているラベルがついていないと価値がありません。標本とラベルがセットで、初めて価値のある標本になります。 標本ラベルには、標本からは知り得ない採集地や採集年月日などが記載されています。いっぽう、標本が持っている情報はとても膨大で、小さなラベルには書ききれません。また、「そのとき」は見えない(気づけない)情報も多く秘めています。そのものから何を引き出すかは、観察者にゆだねられているのです。たとえば、ツツドリの尾羽の枚数。ある羽図鑑を見ていたら、ツツドリの尾羽は12枚あることになっていました。いくつかの仮剥製標本で確認すると、すべて10枚でした。それから、ヒヨドリの初しょれつかざきりばね列風切羽(翼の一部)が11枚あるとされている羽図鑑や、アオバトの尾羽が12枚となっているものもあります。これらも標本で確認すると、すべて10枚と14枚でした。図鑑の表記が間違っているとは一概には言えませんが、少なくとも自分の目で確かめた範囲ではこのような結果でした。鳥の標本を作るさいに何箇所かの部位は測定するものの、通常は羽の枚数までは記録しません。標本になってからでも観察できる部分は、後から見ればいいからです。 わざわざ時間をかけて標本を作らなくても、もっと手軽に記録を残す方法はないのかという意見もあるでしょう。近年の光学機器は安価で、色彩も鮮明に残せます。デジタルデータとして保管すれば、収納場所も必要ありません。しかし、写真では被写体を立体的に理解するのは難しいですし、撮影したものから正確な大きさを計ることはできません。スケッチはものを観察する優れた方法ですが、観察者が見たこと(気づいたこと)しか残せません。ある模様や突起がもともとないのか、それとも描かれていないだけなのかを第三者が判断するのは困難です。人の記憶はいずれ失われていく性質のもので、時を経て変化する場合もあります。しかし、標本として実物があればいつでも細部まで観察することができます。作製に時間がかかっても、管理が大変でも、標本を残すことには大きな意味があるとわかります。 保管された標本から、どのような価値を引き出すことができるのでしょうか。物言わぬ彼らの言葉に気づくのは、何か疑問を持ったときがほとんどです。繰り返し観察して、そのたびに学びがあるのは実物だからで、人が作ったレプリカが相手では、このような仕事は決してできません。標本に向き合うと、そのものが持つさまざまなスケールの情報の多さに魅せられます。
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