FN79号
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27声が聞こえなければ探しようがない、とわたしは今年のうちにアオマツムシに会うことをあきらめていた。 11月5日、本学自然科学棟の外階段にアオマツムシらしき虫がいたと知り合いが教えてくれた。その場所に向かうと、きれいな緑色をした細長い虫がいた。アオマツムシに間違いない、図鑑で見た通りの姿だ。自分で見つけられなかったことは悔しいが、ずっと探していただけに出会えたことが嬉しかった。コオロギの声を辿って 10月18日、私が住んでいる上谷のアパートの畑からコオロギの鳴く声が聞こえるので探してみることにした。 11時40分ごろ昼は夜よりも鳴いている虫が少ないので一つひとつの声を拾いやすい。鳴きかたは少し不規則だが、丸みを帯びた高すぎない声が耳にやさしい。心地よくていくらでも聞いていられそうだ。探しているとリリリリリリ、リ、リ……という声に合わせて、カチカチとなにかを弾くような音が聞こえてきた。何の音かは分からない。けれど離れたところからは聞こえなかった音が聞こえるようになると、コオロギに近づけた気になる。声の主はもうすぐそこにいるようだ。 コゴメギクの葉をめくると、根元にエンマコオロギがいた。やっと見つけた、という達成感がわいてくる。いっぽうのエンマコオロギは驚いてしまったのか、翅を浮かせたまま動かない。写真を撮り、ほかにも虫がいないか探してみた。その後、声を頼りにツヅレサセコオロギともう一匹エンマコオロギを見つけた。ツヅレサセコオロギはリリリ、リリリと規則的でせわしそうに鳴く。大きさはエンマコオロギにくらべて小さめだった。 この日気づいたことがあった。最初わたしはコオロギはどの種類も枯れ葉に隠れているのだろうと思いこみ、枯れ葉の集まったところばかりを探していた。以前コオロギが枯れ葉の上にいるのを見たことがあったからだ。ところがそういったところで見つかるのはツヅレサセコオロギばかりで、エンマコオロギは青々とした植物に隠れていた。この日見つけた三匹が偶然そうだっただけかもしれないが、これは自分の耳を頼りに探したから知れたことだ。声を聞き、見えた姿 ただ声を聞き、図鑑でその姿を見ても、わたしのなかでは想像上の、ぼんやりとした存在だった秋の鳴く虫たち。けれど自然のなかで暮らすほんものの彼らの姿を見ることで、虫たちは確かに身近で生きているのだと、わたしのなかではっきりとした存在になった。 罠を仕掛けて捕まえたり、虫かごに閉じ込めて観察したりするのではなく、声だけを頼りに虫たちに近づいたから、わたしは彼らのありのままの姿を見られたのだと思う。はじめは虫たちに近づくきっかけに過ぎなかった虫の声は、わたしが彼らに近づくための大切な手がかりとなっていたのだ。エンマコオロギのオス。身近に生息するコオロギのなかではもっとも大きい

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