FN79号
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41遠藤静江さん(えんどう・しずえ) だから文学作品で、子どもたちをきちんと内面化しようって言ったときにそれ(ダイジェスト化された作品)じゃまずいってなって、私たち全部原作でやったの。ところが、昭和37年ごろはFAX(※)なんてないのよ。でも近くの高校にFAXがあった。だから(原作の)本を切ってFAXにかけてもらって、先生たちで印刷して、それで授業をした。 授業研究をするなかで子どもたちがものすごくしっかり文学作品を読むようになった。登場人物の心情や生きかたにふれ、感動したり、自分たちと比べたりしながら作品を読むようになった。 研究については、教師集団がものすごくがっちり頑張った。今日私が授業するから見に来てとか、今度よその学校の先生たちに、国語の文学作品を取り上げるから来てくださいとか、ほうぼうの学校に行ったりとか、自主的に研究をしたの。 そのような学習のなかで子どもが、ものすごくやる気が出て、勉強するようになって、勉強することを喜びとしてきた。そのことは教える側として、非常にやりがいのあることなのよ。 子どもたちがどういうふうにしたらやる気になるか、そしてマスターするためには、教材研究をどういうふうにしていったらいいのかとか、それを個々でなくて、学級全体ができるためにはどうするかって。やっぱり自分だけの力じゃなくて、先生たちがまとまって一緒に研究したからできたと思うのね。自分だけで文学作品なんて言ったってだめよね。 学校は教師集団の在りかたによって、子どもたちはずいぶん違ってくるよね。自分が研究して、指導して、子どもたちがよくなって、ともに喜びあえるってそういうことができたら、教師冥利に尽きるっていうのか。そう思うね。昭和7年11月23日生まれ。昭和28年から平成元年3月まで都留市内の小学校で教員を勤める。退職後、都留市周辺の小中学校で非常勤講師を66歳まで勤めた。得意科目は国語と書道。学級づくりの柱のひとつに詩の読み書きをおいていた。上のイラストはご本人に描いていただいた。文集『小いぬ』。昭和38年度の谷村第二小学校2年生が書いた作文集。この学年が本文中で触れている「文学作品からの内面化」を初めて実践した学年。冒頭には右の遠藤さんの詩が載っており、自分の思いや考えを話すことも、内面化していくうえで大切だという思いもこめられている̶̶『小いぬ』より 遠藤静江・作くりくり かがやいた目「ほら その目に、みどりの山が、青いお空が、白い雲が、おしくらまんじゅうして、つまっているよ」「ほんとだ」「ほんとだ」「じっとみてごらん」ぼくの目にうつった ほんとうのこと、わたしのかんがえた ほんとうのことそれを、じっとしまっておかないでみんなに はなしてごらんどんなときのどんなことでも。とびらのことば※印刷機にかける原紙をつくる機械。「謄写FAX」と呼ばれていた

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