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17都留時間ても思い入れのある時間だった。都留には思い出がぎっしり詰まっていたと羽野さんは言う。悩みに悩んだそうだが、経済的に自立したいという考えから内定が決まっていた会社へ就職した。 しかし、都留で生活がしたいという思いが消えることはなかった。だから企業に勤めて3年後に仕事を辞め、都留に戻ってきた。その後約2年間、農業の研修を経て、2012年に農家として独立し、今の生活をしている。 この選択にこそ、羽野さんの後悔しないように生きていたいという気持ちが表れていた。企業に就職するか都留に残るかという選択、企業をいつ辞めるかという選択。どちらも、後悔しないように生きていたいという思いが先を決める道しるべとなったのだろう。 お話を聞いて、自分は優柔不断なのでそういった選択のしかたはいいですね、と思ったことを伝えた。すると、私も優柔不断だよ、うじうじだよ、でもそういうときは人に相談しながら決めればいい、と笑いながら言ってくれた。後悔しないように生きようと考えられる羽野さんは、そんな考えすら持てない私にとっては手の届かないところにいる人のように思っていた。けれど、ありのままの自分を言う姿を見ると、決してかけ離れた存在ではないのだと思えた。羽野さんの今 こうして農業に携わるようになった羽野さん。今はどのような生活を送っているのか知るため1日のサイクルを尋ねてみた。すると羽野さんからいつの時期ですか、と逆に尋ねられてしまった。羽野さんの生活のリズムは季節によって時間が大きく変わっていたのだ。 仕事をしている時間と太陽が出ている時間は同じだという。だから夏場には日が昇る午前3時に起きて収穫をはじめるいっぽう、冬場は暗くなってしまう午後5時には早々と作業を終えてしまうこともあるそうだ。 時期によって生活がつねに変化しリズムが安定しない仕事。私なら心が折れてしまいそうな時間のすごしかただ。そこで羽野さんにとって、仕事の好きなところはなにか尋ねてみた。羽野さんは、自分の思いに合う言葉を探し出すようにして、一語一語を選びながら言ってくれた。「1日中外にいられること。毎日同じ日がないのも好きだし、五感をフルに使える仕事、それもすごく魅力的でいいな。見た状態で判断するとか、触ってとか。それを感じられるっていうのはすごく生きている感じがして、私は好きですね」 これは建物のなかで働く仕事では決して感じられないことだ。以前企業に勤めた羽野さんだからこそ、外に出てじっさいに見て感じ取ることのよさをひしひしと感じていたのだろう。 こんな時間をすごしている今、後悔することはないかうかがうと、ほとんどない、と晴れやかなようすで羽野さんは言った。 私は羽野さんのお話を聞いて、時間をすごすということは選択するということだと思った。自炊をするか、しないかという選択。大学に入るか、入らないかという選択。思い返せば今の自分の生活は、時間をどう使うかという選択をくり返してできていた。 選択するとき羽野さんは、後悔しないように生きていたいという、行動を決める道しるべをもっていた。今の私にそれはまだない。けれど羽野さんのように、ゆくえを示してくれる自分だけの道しるべを見つけたいと思った。

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