80(単ぺージ)
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19の匂いを察知したのか、1時間ほどすると穴からアカネズミが顔を出しました。ムササビと同じように、いきなり穴から出ようとはしません。顔を穴から出し、左右に振り、あたりを伺うしぐさをした後で、ようやくヒマワリの種をくわえて穴のなかに入ります。体を伸ばして遠くのヒマワリをくわえようとしても、尾の先を穴の縁にあて、危険があればすぐに穴に戻れる姿勢は崩しません。私の目には懐中電灯なしにはほとんど何も見えない夜の森でも、動物たちは身の安全を自ら守る注意深い観察を怠ることはありません。ムササビやアカネズミたちとの出会いは、私が忘れかけているこのような感覚を呼び覚ましてもくれます。 夜の森に出かけるようになって、しだいに暗闇に不安を感じることはなくなりました。もちろん野生のムササビやアカネズミたちの生きいきとした姿に出会いたいという強い想いが不安を打ち消すということもありますが、それだけではありません。 ドイツのユクスキュル(注1)という人が書いた『生物から見た世界』(注2)という本があります。今から80年ほど前に書かれたこの本には、動物はそれぞれまったく異なる世界を見ている、ということが記されています。一例として18年間絶食しても生きているダニが紹介されています。ダニは森の木の枝などにぶらさがり、獲物をじっと待ちます。哺乳類がやってくると、匂いに反応して落下し血液を吸うのです。ダニにとっては、私たちが見る世界ではなく、体を支える枝と、獲物となる哺乳類、そして酪酸の匂いこそが世界のすべてなのです。そう考えると、私たちと同じような目をもつムササビやアカネズミでも、見ている世界は異なるはずです。私たちの目は、夜の星を楽しめるような感度になっているそうですが、もしその感度がもっと低いものだったとしたら私たちには今の星はほとんど見えず、また「星」という言葉ももたなかっただろう、という研究者もいます。 夜の森に暮らすムササビやアカネズミにはどのような世界が見えているのだろう。どのような星空を見ているのだろう。暗闇のなかで一緒に時間を過ごしながらも、異なる世界を見ていると考えるようになったとき、私には夜の森の森で過ごす時間が楽しくなっていたのです。 葉が落ちた木々の間を滑空するムササビ木の根の隙間から出てきたアカネズミ(注1)ユクスキュル:1864年~1944年。エストニアに生まれる。生物学者・哲学者(注2)『生物から見た世界』、日高敏隆・羽田節子訳、岩波書店、2005年都留時間

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