学報139号
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講演会だより「何を今更」をあえて問うことの大切さ 「おかしいと思うことを、おかしいと言えない。」 講師の大澤さんは、埼玉で生まれ、アメリカで小学校時代を過ごして戻った日本で感じてきた違和感から、この日の話を始められた。講演のタイトルは、「自分らしく生きる社会をつくろう」だったが、話の中心は、日本ではまだ耳慣れない「性的同意」になるはずだった。「同意」は、両性間の性的関係にとどまらず、人と人との対等な関係に欠くことのできない手続きだ。しかし「性的同意」となると、「そんな野暮な」と一蹴され、この社会で顧みられているとは言い難い。学生たちにも大いに関わることなのだが、正直言ってちょっと敷居が高いかなと思われるこの主題を、大澤さんがどう切り出すのか、当初、私の関心はそこにあった。 配布されたパンフレットにあるとおり、同意のない性的言動はすべて性暴力である。だからこの社会では、性暴力が日常化している。それは親密な男女や夫婦の間においてもだ。しかし「おかしいこと」は他にも多々あり、大澤さんは、それらをおかしいと言える場を作ることから始めたかったと言う。たとえば彼女は、働く女性たちが、長時間労働当たり前の会社に100%尽くして「活躍させていただいている」ことや、職場か家庭の択一を迫る性別役割観念の根強さを問題にされた。こんなことに、すすんで同意したい女性などいるだろうか。にもかかわらず、それを当たり前と思う側は、いちいち女の同意などとる必要はないと高をくくっている。彼らにとっての女性は、自分たちが自由に活用できる「モノ」なのだから。 講演はこうして外堀を埋めながら本題の「性的同意」の話に入っていった。そして、「性的同意」で重要な三点として非強制性・対等性・非継続性が挙げられた時、そうした同意を女性から得たか否かを問うことは、女性から力を奪い従属させることで安泰・利潤・成長を追求してきた社会、そのジェンダー秩序への挑戦なのだとあらためて思った。ハリウッド発のセクハラ告発ムーブメント、#MeTooに日本内外の女性たちが連なり、雑誌の「ヤレる女子大生ランキング」記事に抗議が殺到する時、これまで呑気に構えてきた側は、この「女性からの同意」をめぐる挑戦にさらされていると言っていい。それを「何を今更」と失笑しているようでは、意のままにならない女性に付きまとった末に殺害する事件もなくならない。 大澤さんは、この挑戦を「こういうのを変えて、それを文化として根づかせたい」と語り、講演の終盤、学生たちをロールプレイに誘われた。劇には、同じサークルの同級生A子とB男が登場し、A子は、サッカー観戦の帰りにB男の部屋で望まない性行為を受け入れてしまう。そこに至る過程では二人が囚われている様々な社会通念がB男の先輩の声などになって二人に囁きかける。つまりこのロールプレイの演者は、これまで問わずにきたジェンダー規範をあえて口にすることで、「それでいいのか」と考えるきっかけを得ると期待されているのだ。 ところがある学生の素朴な感想は、そうした発想の虚を突くものだった。学生曰く「A子がB男を好きな気持ちが先行して、自分の本当の気持ちを大切にできなかった。」 学生同士の性的同意を左右するのが、個々の気持ちの問題とされがちなのは、彼らがこの社会のジェンダー秩序という空気を読んで男女の権力格差を云々するのを躊躇い、また学生間の社会的地位や経済力などの差が捨象されがちな中で、自分たちは対等か、と問えずにいるからなのか。しかし、自分の相手に対する思い入れを利用され相手に支配されるとしたら、それもまた対等な関係とは言えない。性的同意が対等な関係において確認されるべきというのはそのとおりだが、難しいのはむしろその対等性の追求の方かもしれない。そこで私たちは親密な他者との対等性をどう想い、それをどう実現し、また何がそれを損なうのかについての不断の思考を求められるからだ。 分田順子(比較文化学科・教授/ジェンダー研究プログラム運営委員)ジェンダー研究プログラム2018年度講演会自分らしく生きる社会を作ろう講師紹介大澤 祥子(おおさわ しょうこ)(ちゃぶ台返し女子アクション 共同発起人・共同代表理事) 慶應義塾大学卒。学生時代の留学先(フランス)で声をあげている同世代の仲間たちや、帰国後同じ思いを持つ女性たちとの出会いを通して、「私たちがおかしいことはおかしいと声を上げることで、社会は変わる!」と実感する。自分たちの生きづらさに対し女性自身が共に声を上げることで、社会的・政策的な変化を起こしていくムーブメントを作りたいと思い、2015年にキャンペーン団体「ちゃぶ台返し女子アクション(http://chabujo.com/)」を立ち上げる。開 催:2018年12月5日(水) 講演者:大澤祥子さん(一般社団法人ちゃぶ台返し女子アクション代表理事)362019年3月8日(金)
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