都留文科大学学報(第152号)
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ます。都留文科大学の「文科」という言葉に込められた、言語・文学・教育・歴史・思想・政治・社会など広範に及ぶ学問領域を意識しての命名です。一方で、このTsuru Humanities Centerでは、VRや3Dプリンターなど最先端のデジタル機器を備えて、プログラミングやデジタルコンテンツの作成といった情報教育、DX、デジタルトランスフォーメーション教育を推進していきます。 デジタルテクノロジーによる社会の変化とでいえば、最近、人工知能AIによる画像やテキストの生成が驚異的な水準で可能となったことが大きな話題となっています。誰でも容易に高水準の画像や文章を作れるようになる、すばらしい技術です。しかし、実際にAIの利用が一般に広がるとすぐに、AIを使う人の教養やリテラシーによって、AIから引き出せる成果に大きな差が出ることが明らかになりました。AIを活用するためには、それを使う人間が知識や教養、リテラシーを備えている必要があるということです。また、AI利用の広がりとうらはらに、イタリアでは対話型AI「ChatGPT」が一時的に禁止され、アメリカではオープンAIの商業利用の差し止めが求められるという事態が起きています。画像やテキストを生成するAIには、膨大な量のデータが読み込まれますが、そのデータの収集方法に問題が提起されたためです。これまでにない革新的な技術は、これまでにない新たな問題を引き起こすのです。 現代社会では、ChatGPTのようなAIを使いこなすスキルを身につけることも大切です。しかし、今お話ししたように、AIを有効に使いこなすためには、幅広い知識や教養が不可欠です。さらには、そもそもAIが画像やテキストをどのように生成しているのか、基本的な仕組みを知り、そこから、AIにできることの可能性と限界を考え、革新的な技術が社会にもたらす問題や影響を予測して、有効かつ適切な利用のためにどのようなルールや枠組が必要か、議論を喚起してグローバルなレベルの社会的な合意形成をはかっていくことが求められます。 それは人文学の仕事です。哲学・思想・歴史・文学・芸術・教育・社会などを研究対象とする人文学、ヒューマニティーズの領域です。AIだけではありません。新しい技術や変化する社会に対応していくためには、人文学的教養が必要となるのです。これから都留文科大学で学ぶみなさんには、実用的な知識やスキルの習得で満足することなく、深い知識や体系的な理論を学び、豊かな人文学の教養を身につけてほしいと思います。 大学での学びについて、2つめにお話したいのは、大学でいかに学ぶか、ということです。私の30年近い大学教員のキャリアの中で、特に忘れがたい1人の学生さんがいます。今から25年ほど前、私が担当していた放送大学の対面授業に出席していた学生さんです。放送大学は基本的には通信制の大学で、社会人として仕事をしながら学ぶ方、定年退職して、あるいは子育てに区切りがついて、自分のために学びたいという方々が多く、私の対面授業でもほとんどの学生さんが当時30代の私より年上でした。その中に、75歳くらい、教室の最前列にびしっと背筋を伸ばして座り、熱心にノートを取りながら講義を聞く男性がいました。自分の父親より年上の方の、真剣な受講態度に接して、私は毎週身の引き締まる思いで教壇に立っていました。その方は、学期末に、専門的な研究書を何冊も読み込んで、原稿用紙30枚の立派な手書きのレポートを提出されました。 70歳を超えてなお、娘のような年頃の教師から真剣に学ぼうとする姿勢を目の当たりにして、私は深く考えさせられました。個人的な事情を伺う機会はありませんでしたが、年齢からして1920年代のお生まれ、みなさんと同じ年頃の時、日本は戦争中で、学びたくとも学べなかったであろう世代です。その世代の方が、それから50年経って、70代になって、真摯に誠実に学ぼうとしている。この学生さんとの出会いは、駆け出しの大学教員だった私にとって、学ぶこと、教えることの原点となりました。 教師の講義を真剣に聞き、研究書を読み漁り、長文のレポートを書く、という学び方は、当時の一般的な講義で求められた学びのあり方であり、また、ご本人がかくあるべしと考えた学びのあり方です。今では学びのスタイルも多様化しています。書物や論文を読むことにも、学生同士で議論することにも、様々な人たちと協力して何事かを実践していくことにも、そこに学びがあります。ですが、そのように多様化した学びにおいても、真摯に誠実に取り組むことが重要であるという点は、今も変わりません。さらに言えば、今日ここに集ったみなさんは、学ぼうという意志があれば、いくらでも存分に学ぶことのできる、幸せな境遇にあります。 都留文科大学の学訓は「菁莪育才(せいがいくさい)」です。これは中国の四書五経の一つである『詩経』の言葉によるものです。「せいが」は青々と茂るつのよもぎ、「育才」はすぐれた人物の育成を楽しむことを意味し、「つのよもぎが勢いよく成長するように学生が成長して欲しい」との願いが込められています。 みなさん、この都留文科大学で、真摯に誠実に存分に学んで下さい。深い知識と体系的な理論、幅広い人文教養を身につけ、それを社会で実践的に役立てる力を育んで下さい。多様な学びを通して、自己を知り、他者を知り、世界と出会い、人間性を磨いて下さい。都留文科大学はみなさんが勢いよく成長するための場です。 みなさんの都留文科大学での学びが、豊かなものとなることを願っています。42023年7月3日(月)

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