都留文科大学学報(第153号)
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講演会だより本講演会は、当学会が企画する講演会としては3年振りに完全対面の形式で行われた。また本講演会は、今年度に開催された国立民族学博物館開催の「ラテンアメリカでの民衆芸術」特別展を契機としたもので、講演者にはこの特別展に関係のある本学講師の山越英嗣先生と慶應義塾大学の本谷裕子先生をお呼びし、ラテンアメリカの民衆芸術についてお話し頂いた。山越先生は導入として私たちにとって心理的・物理的距離のある「ラテンアメリカ」というフィールドについての定義を示し、このフィールドがスペイン・ポルトガルによる征服という共通の歴史、文化の混交、多様な自然を持つという特色を指摘した。また「アルテ・ポプラル」と呼ばれる民衆の日常、あるいは非日常の想像力から生み出された手工芸品が、現代において抵抗の手段になっていると指摘した。ハイアートと対照的に匿名性があり集合的な性質を持つ「アルテ・ポプラル」は現代ではストリートアートへと形を変え、先住民アイデンティティを持つ若いアーティストたちの社会への異議を表明する場として機能していることを説明した。本谷先生は、文字通り歴史を織り込むことで自らのものにするラテンアメリカの先住民族の女性たちの装いの歴史と、現代におけるその装いの知的所有権について解説した。石造建造物などの男性の手によって築かれた硬いマヤ文明と対比して、女性の手によって築かれたやわらかい衣装文化は1000年以上の歴史を持つ。ウィピルなどの民族衣装は全てが女性たちによる手織りの衣装であり、70以上もあるマヤ集落の中でそれぞれ独自の形・色・紋様・材料を持ち、生活基盤である巡回市場では、その独自の衣装が集落を代表する商標の役目も果たしたという。また織り手たちには長い歴史の中で外から来た異物を図案化して布で包むことで「非異物化」して自文化に取り込む試みがあり、ウィピルの紋様や材料の変遷を見ることは、現在の「マヤ」に至るまでの様々なエッセンスを紐解くことに他ならない。次に本谷先生はマヤの女性たちの集団的知的財産をめぐる織り手の運動について説明した。今尚自らの手で機織りを続けるグアテマラのマヤ系先住民の女性たちを主体としたグループは、装いの民主化に伴う諸問題、例えば国内外による図像の肖像権の侵害・盗用・剽窃、経済活動の妨害などを指摘し、先住民女性たちが紡ぎ上げてきた装い文化を世界遺産ではなく先住民の文化として保護されるような法的枠組みを求めて活動していると紹介した。ここでは先住民女性の織り手たちによる草の根レベルの連帯が知的財産権の獲得や女性を取り巻く諸問題へアクセスしていることが論じられた。講演後の質疑応答で、本谷先生は丁寧に参加者の質問に答えて下さった。また会場には本谷先生にお持ち頂いた実際の織物が並べられ、参加者たちはそれを直接手に取ることができ、遠かったラテンアメリカへの距離の狭まる良い経験となった。(比較文化学科4年 山本 多香良)ラテンアメリカの民衆芸術開 催 7月19日(水)講演者 本谷裕子氏、山越英嗣准教授本谷裕子慶應義塾大学法学部教授。1996年義塾大学大学院社会学研究科修士課程修了。2015年より現職。専門はラテンアメリカ研究、文化人類学、民族服飾学など。国立民族学博物館にて開催された特別展 「メキシコ、ラテンアメリカの民衆芸術」ではメキシコの先住民集落の女性たちによる手刺繍作品と、グアテマラの先住民集落における手織物・コミュニティ復興のセクションを担当した。山越英嗣都留文科大学文学部比較文化学科准教授。2015年、早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程修了。ストリートアートを通じて政治的な主張を行うメキシコの先住民アーティストたちや、カルフォニアに居住するオアハカ先住民移民コミュニティなどについて研究。著者に「21世紀のオアハカのストリートアーティストがつむぐ物語歌」(春風社)。講師紹介21都留文科大学報 第153号

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