学報154号
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都留文科大学に私が着任したのは、国際教育学科が文学部に新設された2017年の4月でした。それまで都留文科大学といえば、尊敬する教育哲学者の大田堯先生(1918-2018)が以前学長を務められていたことを知っていたので、地元の教師とともに土に足をつけながら日本語で丁寧に教育を哲学する研究者が集う大学、という印象を持っていました。そのような大学で教員養成の国際化を進める学科の立ち上げに携わらせてもらえることに心躍らせながら、都留での勤務を開始しました。当時、国際教育学科はまさに立ち上げ途中のスタートアップ企業のようでした。まだ5号館が完成しておらず、研究室は駐車場の端に建てられたプレハブ内にありました。新入生オリエンテーションでは、教員もほぼ新任ばかりだったため、学生便覧をその場で読み込んで学生とともに理解を進めていきました。北欧の諸大学との交換留学制度(T-SAP)もまだ確立しておらず、契約を結びに弾丸出張で先方を訪問し、慌てて現地の教員養成制度を学びました。目の前には常に課題が山積していて、毎日新たな課題も見つかり、それらにひたすら対処し続ける日々を送りました。それでも、教員養成の国際化というミッションに意義と可能性を感じて業務に邁進しました。そのような中、支えになったのは逞しい学生たちの存在です。国際教育学科の最大の長所は、開設時から一貫して、自立心が強く、教員に対しても気兼ねなく意見や要望を伝えてくれる学生が多い点にあります。そのため、学生の「ために」教員が国際教育学科という新規事業を立ち上げる、というより、学生と「ともに」立ち上げることができました。この学科の文化は、2018年度に初めて北欧の諸大学から留学生を受け入れた際にも自然と引き継がれ、留学生たちも「ともに」学科をつくる仲間になってくれました。結果として、教員が考え、行動しただけでは実現できなかったほど学生の主体性や自律性、そして活発な対話に支えられる授業形態やカリキュラムが確立されました。2020年の新型コロナウィルスの感染拡大はこうした国際教育学科の文化を打ち壊しかねない状況を生みました。交換留学は約2年間に渡り中断され、オンライン化に伴い学科専門科目の基盤である協働学習が揺るがされました。5号館3階で日常的に展開されていた学年を超えた学生同士の関わり合いも姿を消しました。その後の数年間は、学科をあげてコロナからの立ち直りに尽力する期間となりました。4月から、国際教育学科は教養学部に移り、新しいカリキュラムが運用されます。新カリキュラムは、万が一の事態にも学生たちが安定的に国際教育を学べるように、と願って、先生方と議論を重ねて設計してきました。国際教育学科2.0のさらなる発展を心から願っています。7年間、どうもありがとうございました。国際教育学科とともに歩んだ7年間国際教育学科准教授 山辺 恵理子さよなら文大コロナの大打撃を受けた学年の卒業式102024年3月4日(月)
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