学報154号
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講演会だより秋季講演会印象記今回、帝塚山学院大学教授の及川智早先生による、「古事記・日本書紀神話の受容と変容を考える」と題してのご講演を拝聴する機会を得た。資料として図像が多く用いられ、親しみやすく楽しめる構成の講演で、とても面白く拝聴できた。講演では、神話の受容と変容の具体的な事例として、ヤマタノヲロチ退治神話を中心に解説いただいた。引札、絵はがき、書物の挿絵に描かれた図像の多くは、記紀の記述と異なる点を多く含み、例えば、図像中のヲロチはどうみても「龍」の様相で、「蛇」とされる記紀の記述とは異なっている。このような表現は、古風土記や中世期の物語の記述をふまえたものらしく、蛇が中国の龍と同種として扱われることも多かったとのこと。また近代以降の図像ではスサノヲとヲロチが対峙する脇に、本来櫛に変化しているはずのクシナダヒメが描かれたものが多く見られる。私は、近代の描き手が記紀の記述をきちんと確認しなかったことによる誤りかと当初考えたのだが、しかし先生のお話では、生贄や囮としての女性を描くことによって華やかな図像や緊張感を演出するという効果が期待された可能性があるとのこと。表現の背後にある必然性を知ることで、受容史研究の面白さを感じられたように思う。現代でもゲームなどのポップカルチャーにおいて、多く神話モチーフのキャラクターが登場している。そういった媒体での描かれ方についても、本講演をふまえて、問題意識をもって確認してみたいと思わされた。(国文学科3年 榎本 彩乃)秋季講演会を終えて本講演をとりわけユニークなものとしているのが、及川氏蒐集の図像資料であることは疑いない。大衆文化はその時代に生産され消えていくのが常であるが、氏の長年にわたる着実な蒐集活動は、それらに記・紀受容史上の資料としての新たな意味を与えた。そしてその意味づけには、氏が古代の神話伝承を長らく研究する中で得られた、人と神話との関係性についての知見が生かされていることもまた確かである。人文科学の研究対象・方法は多様である。同時にその研究は、確かな専門知によって支えられるべきものでもある。その思いを強くした講演であった。(国文学科准教授 小村 宏史)国語国文学会主催 秋季講演会古事記・日本書紀神話の受容と変容を考える開 催 11月11日(土) 講演者 及川智早氏講師紹介及川智早(おいかわ・ちはや)1959年、岩手県生まれ。早稲田大学文学部助手、早稲田大学高等学院教諭を経て、現在、帝塚山学院大学教授。古事記学会理事、上代文学会理事、大正イマジュリィ学会常任委員を務める。専門は日本神話、日本古典文学、古代説話、およびその受容史。著書に『日本神話はいかに描かれてきたか (新潮選書)』(第6回古代歴史文化賞優秀作品賞受賞)、『変貌する古事記・日本書紀 (ちくま新書)』がある。39都留文科大学報 第154号
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