学報154号
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講演会だより2023年11月6日(月)に『かかとを失くして』や『犬婿入り』で知られる小説家の多和田葉子先生と翻訳者の満谷マーガレット先生をお招きして『プーシキン並木通り』についての翻訳ワークショップを開催した。本ワークショップでは、より作品の理解を深めるため、舞台となったベルリンのトレップタウアー公園の映像を見た後、ワークショップに移った。講師紹介の際には多和田先生より歴史的背景や、意図、翻訳する際の思いなどについてお話いただいた。「英訳を考える」のセクションでは、5人の学生が「プーシキン並木通り」から好きな箇所を選び、自分なりの翻訳を考え、考察とともに発表を行った。英文学科1年の渡邊さんは「不安感がより伝わる翻訳を目指した」という。彼女に対して多和田先生は「一番伝わって欲しかった部分がしっかり伝わる英文になっていると思う」と仰った。2人目の稲葉さんは作中に登場する「あの人」という表現に興味を持ち、満谷先生や多和田先生と意見を交わした。この作品に於いて「あの人」は性別が決められておらず性別がわかる表現は出てこないため、満谷先生もここの表現は英訳に悩んだ部分であると仰っていた。稲葉さんの訳での「あの人」の表現に対して満谷先生はジェンダーにこだわったことを評価した。現代の小説ではジェンダーを定めないものにおいてsheやheの代わりにtheyが使われるという話題も出た。3人目の発表者の2年生 河合さんは、作品に登場する兵隊の表情について触れながら英訳をした。多和田先生は「兵隊というのはいつも不機嫌な顔をしているものという偏見があった」ということを仰った。4人目の発表者の2年生 飯倉さんは日本語版での靴、洋服の順番になっているが英語版では洋服、靴の順になっていることに疑問を持ったとのことだった。多和田先生は、日本語版が一般に人がこれらを脱ぐ順番になっていることを説明した。最後に発表した2年生の深澤さんは、作品に出てくる渋谷の若者について触れ、若者言葉を訳すことに興味を持ち翻訳箇所を選んだが英訳にとても苦戦したという。満谷先生は深澤さんの訳の「nooooo way(うっっそでしょ!)」 について感心したと述べた。多和田先生は、今渋谷の若者に戦争に行ってくださいというようなことを言ったとして、戦争について何も考えていない若者が何を思うかというフィクションだと解説された。質疑応答では多くの学生から、作中の表現や翻訳者と編集者の関係性について質問があった。参加者全員が物語の世界観に惹き込まれ、作品の理解を深めるとても有意義な時間となった。(英文学科1年 小野田 聡美)英文学会主催 翻訳ワークショップ翻訳は過去への旅~「プーシキン並木通り」“Puschkinallee”を読む~開 催 11月6日(月)講演者 多和田葉子氏 満谷マーガレット氏満谷マーガレット(みつたにマーガレット)アメリカ・ペンシルヴァニア州出身。日本文学研究者、翻訳家。ウースター大学卒。東京大学大学院博士課程修了。多和田葉子氏や大江健三郎氏の作品の翻訳を多数手がける。『献灯使』の翻訳The Emissaryが2018年アメリカで最も権威のある文学賞である全米図書賞(翻訳書部門)を受賞した。講師紹介多和田葉子(たわだようこ)東京都生まれ。本学英文学科特任教授。早稲田大学第一文学部を卒業し、ドイツに渡る。チューリヒ大学博士課程修了。大学を卒業後、およそ40 年にわたってドイツで暮らしている多和田先生は、日本語とドイツ語の2つの言語で小説の執筆を行っており、作品は10 を超える言語に翻訳されている。作品は国際的にも高く評価され、7年前にはドイツで最も権威のある文学賞のひとつ「クライスト賞」を受賞、そして5年前には『献灯使』がアメリカで最も有名な文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門に選ばれている。402024年3月4日(月)
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