大学報155
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昨年度1年間、東京大学空間情報科学研究センターに受け入れをいただき、小口高先生のもとで「グローバル経済下における農産物需給変動リスクと産地レジリエンスに関する研究」を進めてきました。この背景には、地理学で蓄積されてきた伝統的な産地研究を再考したいとの思いがありました。特定の農産物産地で数十の経営体に綿密なヒアリングをして実態を把握し、問題や課題を浮き彫りにして対応策を検討するフィールドワークにもとづく研究手法は、ときに「方法論なき実証研究」とも言われ、業績主義の下で非効率化もし、個人情報保護による受入態勢の変化で難しくもなってきました。産業構造の転換や農産物貿易の拡大と農業の企業経営化などによって、産地自体も変容し、脱産地化の進行にともなって研究も少なくなってきました。その一方で、地方の農山村や離島などの一般に営農条件の不利な地域では再産地化や再組織化などの対応をとっており、個と集団をめぐる新たな産地主体の形成と農業農村の社会経済的意義の側面に注目して、研究を再考する必要があるのではないかと考えてきました。20年以上研究を継続してきた新潟県魚沼市では、産地組織や経営者と再会し、厳しい市場競争の下で主体的に革新的な産地対応を柔軟に生み出し続ける組織の再編と産地間のネットワークの構築状況を詳しく知ることができ、新たな産地研究につながる予感がしました。この比較研究として、数年前から調査を始めていた鹿児島県沖永良部島では全体で1ヵ月ほど滞在し、離島の社会経済に関わる気象災害等のリスクと農業の島のレジリエンスについて、50あまりの機関や経営体にヒアリングに協力をいただき、主体的な産地対応と島民生活の情報を集めました。この調査では、イギリスの地理学者であるマシューズとハーバートが提唱する「空間」「場所」「環境」の中心概念と立地の理論を援用しながら、これまでの研究の中で各々重点を置いてとらえてきた資本、知財、組織、土地、リスクなどの各事象について、「地域」や「景観」のフレームワークで統合的にとらえる機会になるかもしれないと考え、その手がかりになりました。このほかに、農村・都市の空間構造の側面から、長崎県五島列島では離島の地場産業の存立を、南信州では中山間地域の生活基盤の形成を、大阪、名古屋、川崎では大都市郊外の開発過程などを調査したり、以前の調査地も訪れたりしました。これらの調査結果の一部を論文等にまとめ、学会で報告しました。今後も順次発表しつつ、海外での調査も組み込んでいくことになります。研究期間中に多大なご配慮をいただきました東京大学の小口高先生、本学教職員、学科教員、代講教員、学生・ゼミ生の皆様方に、心より御礼を申し上げます。この経験を活かし、校務、教育、研究に励んで参ります。今後もどうぞよろしくお願いいたします。沖永良部島の田皆岬でユリの自生種の生態と知的財産化の調査沖永良部島の社会経済を百年以上にわたり支えてきたユリ産業産地研究の再考へ向けて地域社会学科 教授  両角 政彦学外研究報告17都留文科大学報 第155号

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