大学報155
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が実際になくなっているかというと、必ずしもそうではなさそうです。しかし、ちょうど10年後の昨年にはChatGPTを始めとする生成系AIが一般にも広く普及し、改めてAIが人間の仕事に与える影響が注目されました。これから皆さんは、さらに高度に発達していくコンピュータやAIとともに社会で生きていくことになります。そこで人間は、コンピュータやAIにはできないことをすることが求められます。それはどのようなことなのでしょうか。オズボーンは、コンピュータ化される可能性が低いのは、「創造的で社会的な知性(creative and social intelligence)」が求められるような業務であるとしました。10年後の現在も、AIが苦手な領域は、クリエイティブなこと、人の感情に関わる共感性が必要なことであると考えられています。では、オズボーンの言う「創造的で社会的な知性」とは何でしょうか。都留文科大学に医学部はありませんが、医者の仕事を例として考えてみましょう。医者は、医学の知識をもとに、患者の症状の原因となる病気を特定して診断を下します。これだけであれば、AIでもある程度まで可能です。実際に現在、AIもかなりの確率で適切な診断ができるようになってきています。では、AIにはできないけれど、人間の医者にはできることは何でしょうか。それは、患者の何気ない一言やふとした仕草に鋭く気がつき、それを手がかりとして病気を見つけ出すということです。これは経験を積んだ優れた医者が実際に行っていることです。患者との対話・コミュニケーションを通して、病気を突き止める手がかりに気づく、何気ない一言やふとした仕草を病気と結びつけて、教科書通りでない飛躍のある気づき、ひらめきを得て判断する。ここには、オズボーンの言う「創造的で社会的な知性」が働いています。「創造的で社会的な知性」は課題解決に必要な知性なのです。新たな気づきは、しばしば、他者との対話、コミュニケーションや、共同作業、コラボレーションを通して得られます。また、一見無関係と思われるものを気づきやひらめきによって結びつけるというのは、クリエイティブな思考です。ひらめきと言うと、根拠のない直感、知識や教養を必要としないセンスと思われがちですが、鋭い気づきやひらめきの裏には、膨大、かつ体系的で確かな知識、幅広い豊かな教養があります。クリエイティブな思考には体系的な知識が必要であり、新たな気づきには他者とのコニュニケーション、コラボレーションが有効なのです。カリキュラムの話に戻りましょう。専門分野について体系的な知識や能力を身につけること、また、専門分野の枠にとらわれず幅広い知識や実践的な能力を身につけること。これらはみなさんの「創造的で社会的な知性」を育て、磨くためのカリキュラムです。昨年四月にオープンしたTHMC「都留ヒューマニティーズセンター」は、言語・文学・教育・歴史・思想・政治・社会など広範に及ぶ人文学、ヒューマニティーズの学問領域、都留文科大学の「文科」という言葉に託された思いを意識して、ヒューマニティーズセンターと命名された校舎です。ここでは最先端のデジタル機器を備えて、プログラミングやデジタルコンテンツの作成といったICT教育、DX(デジタルトランスフォーメーション)教育を推進し、文系理系の枠を越えた学びを実践しています。また、大学が70周年を迎える来年度には、都留市と連携した新しい施設が完成する予定です。ここは、学生、教職員、地域の子どもたちや高齢者など、多様な人たちがコミュニケーション、コラボレーションする学びの場となります。これらの施設もみなさんの「創造的で社会的な知性」を培うカリキュラムを支えるものです。さらに言えば、本学のキャンパスは、校舎や大学の敷地だけにとどまりません。この都留の地すべてがみなさんの大学であり、学びの場です。都留文科大学の学訓は「菁莪育才(せいがいくさい)」です。これは中国の四書五経の一つである『詩経』の言葉によるものです。「せいが」は青々と茂るつのよもぎ、「育才」はすぐれた人物の育成を楽しむことを意味し、「つのよもぎが勢いよく成長するように学生が成長して欲しい」との願いが込められています。友人と、先生方と、地域の方々と、コミュニケーション、コラボレーションをはかりながら、新しい気づきを得てください。体系的な知識と理論を学び、幅広い教養と能力を身につけ、それを社会で実践的に役立てる力を育んで下さい。これからの社会ではそれが求められています。そして、都留文科大学はみなさんが勢いよく成長するための場です。みなさんの本学での学びが、豊かなものとなることを願っています。3都留文科大学報 第155号

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