学報156-1
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現代の日本で生活していると、それが都会であれ、中山間地であれ、生々しいものと触れ合う機会は少ない。肉も魚も綺麗な切り身になって色とりどりのトレーに乗せられているし、都会では鈴虫が鳴いているのを聞いただけで驚いて感動する人までいる。でも、生々しいものと触れ合い心震わせる経験なくしては、人の心に届くようなものは作れないと思うことが最近いくつかあった。深夜にこっそりと、秋田の漁港から届いたばかりの初めて見る魚の鱗を引き、内臓を掻き出して塩焼きにして美味い美味いと平らげる。下北沢の小さなライブハウスに出ていた頃から応援していたアーティストがオーチャードホールで開くコンサートを聴きに行く。ずっと尊敬していた思想家の講演会に足を運び、その人の身体からその思想が語られるのに恍惚とする。切り身には、CDには、本や配信にはないものが、そこにはある。数時間前まで海を泳いでいた魚の筋肉質な身。美しい内臓。ホールに行くまでの道すがら思い起こされる20年前の記憶。その場にいた人としか共有されない音楽。思想家の息遣いや言い淀み、次の言葉が口をついて出るまでの間。目が輝く瞬間。ここ数年で私たちは、「デリバリー/配信/オンラインの方が、時間もお金もかからないし、効率も良いし、それで十分」と、半ば自分たちを誤魔化すようになっていた。でも、そんな誤魔化しはもうやめたい。時間もお金もかける価値があるものは絶対にある。それが、時間もお金もなくて、手に入れられないときはある。それは悲しい。悔しい。だからこそ、手に入れたときはより一層心が震える。この心の震えこそ、人にしか味わえない最も幸せな経験だと思う。今回の学報では、夏季休暇を利用して学外で学んできた学生が手記を寄せてくれた。それぞれに、そのときにそこでしか感じられない想いを抱えて帰ってきたようで、とても嬉しい。そういう生の経験を、これからももっともっと重ねてほしいと思う。都留文科大学広報委員会都留文科大学報 第156号 2024年12月9日発行吉岡卓(委員長)・日向良和(副委員長)・加藤浩司・加藤めぐみ・堤英俊・菊地優美・小島恵・上野貴彦・原和久・安富博史(企画広報担当)・大輪知穂(IR担当)・舟久保薫(キャリア支援センター担当)・天野麻由(企画広報担当)・奥脇開斗(企画広報担当)〒402-8555 山梨県都留市田原3-8-1☎0554-43-4341 URL:https://www.tsuru.ac.jp/生々しいものとの触れ合い地域社会学科 小島 恵生パンダは笹より枝を好んでいました植民地朝鮮と〈近代の超克〉 戦時期帝国日本の思想史的一断面入門 ポピュラー音楽の文化史〈戦後日本〉を読み直すカズオ・イシグロを求めて閔東曄2024年9月発行法政大学出版局◇閔 東曄 比較文化学科 准教授輪島裕介・永冨真梨 編著青木深 他 執筆2024年8月発行ミネルヴァ書房◇青木 深 比較文化学科 教授武富利亜 編著加藤めぐみ 他 執筆2024年4月発行長崎文献社◇加藤 めぐみ 英文学科 教授東曄輪島裕介永冨真梨編著武富利編著ぶんいだ堂

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