学報157
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講演会だより2024年10月25日に詩人、小説家として活躍している多和田葉子先生と翻訳者の満谷マーガレット先生をお招きし、多和田先生の芥川賞受賞作である『犬婿入り』についての翻訳ワークショップを行った。開始まで作品の舞台と考えられる国立市についての動画をみて、物語への想像を深めた。その後、中地先生から講師紹介があり、お二方から作品への想いやこれまでのご活躍についてお話しいただき、「英訳を考える」のコーナーへと移った。このコーナーでは5人の学生が『犬婿入り』の中からそれぞれ好きな箇所の英訳を考え、満谷先生の英訳やAIの英訳と比較しながら、その考察とともに自分の英訳を発表した。英文学科1年の中西結香さんが、「雨の糸を照らす」「ハッと気づく」など日本語特有の表現を英訳することに難しさを感じたと述べると、満谷先生は、主観的な状況を客観的に英語で表現することで日本語特有の表現を訳すことができると回答された。また英文学科1年の森輝さんの受け身形を用いた英訳に、日本語は感情や内面的な体験を強調しやすい言語だが、英語は強調しにくい言語であり、例えば「私はいじめられた」という訳は“I am bullied”よりも“Everyone bullies me”の方が自然な英語になるとおっしゃった。このように、翻訳の質を高めるアドバイスをいただいた。英文学科2年の江口奈緒美さんは、作品の中で主人公に子どもたちが「何歳か」という質問を何度も繰り返していたということを強調するために過去形ではなく現在形を用いるという工夫をした。だが、英語においては一文の中の時制を揃えることが鉄則であり、現在形の中に過去形を混ぜても日本語のように強調の役割を果たさないことが説明された。英文学科2年の勝谷勇士さんは、上司に対して“Thank you”や“You”を使うのは失礼であると感じ、自身の訳では“I appreciate~”と代用した。しかし、アメリカ人は物事を感情を直接的に言う文化があるため、英語圏では失礼に当たらないらしい。英文学科3年の小野寺駿さんは、「〜逃げるように」に対して“run away”を用いた。ここで、満谷先生は“run away”と“get away” の違いについて解説され、“run away”を使うとすぐにその場から逃げたというニュアンスにならず、“escape”と近いが、“get away” を用いることで、その場から真っ先に逃げたい臨場感のある表現ができるとおっしゃった。最後に、多和田先生と満谷先生の質疑応答、対談の時間になり、ドイツ、日本、アメリカそれぞれの国の間で比べるとアメリカの校閲が厳しいことや本の出版における「編集者」という第3者目線の大切さについてお話をされた。今回の講演会では、翻訳力を向上させるための知識だけでなく、翻訳の背後にある文化的なニュアンスについての知識も得ることができた。また、実際の翻訳のプロセスについても触れてくださったので具体的でわかりやすいものになった。この講演会を通して、参加者は翻訳の世界について益々興味を覚えるようになったと思われる。(英文学科1年 西田小春)講師紹介多和田 葉子 ( たわだ ようこ )東京都生まれ。小説家・詩人。本学英文学科特任教授。早稲田大学第一文学部を卒業し、ドイツに渡る。チューリッヒ大学博士課程修了(博士号)。大学を卒業後、およそ 40 年にわたってドイツで暮らしている多和田先生は、日本語とドイツ語の2つの言語で小説の執筆を行っており、作品は 10 を超える言語に翻訳されている。数々の文学賞を受賞し、国際的にも高く評価され、2016年にはドイツで最も権威のある文学賞のひとつ「クライスト賞」を受賞している。2020年には紫綬褒章を授与された。満谷 マーガレット( みつたに マーガレット)アメリカ・ペンシルヴァニア州出身。日本文学研究者、翻訳家。ウースター大学卒。東京大学大学院博士課程修了。多和田葉子氏や大江健三郎氏の作品の翻訳を多数手がける。『献灯使』の翻訳The Emissary が 2018 年アメリカで最も権威のある文学賞である全米図書賞 ( 翻訳書部門 ) を受賞した。多和田葉子&満谷マーガレット×都留文科大学英文学会翻訳の呼吸『犬婿入り』The Bridegroom Was a Dogを読む開 催:10月25日(金)  講演者:多和田 葉子氏・満谷 マーガレット氏382025年3月10日(月)

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